第五章 追っ手?
第五章 追っ手?
あの事故から数日が経過したが、亜美の様子は今までと変化はなく、僕はホッとしていた。木村の出没もほとんどなく、特に亜美を眷属魔として何かを命令することもないようだ。ただし、クロちゃんの出現率はほぼ100%である。どうやら完全に亜美の家猫となってしまったようだ。
「さあクロちゃん、今日はお待ちかねの寿司の日だ。僕が亜美のところから帰る時にちゃんと抜け出して来いよ?」
「言われなくても分かっている。それより亜美の部屋で話しかけるんじゃない。我輩が猫であることが、いや、違った。我輩がラインハルト閣下であることがバレてしまうではないか。ちょっとは考えろ。」
「だったらそんなにしゃべるなよ。」
そうなのだ。今日が約束のご褒美の日なのだ。
昨日、僕の給料日だったので、早速連れて行ってやることにした。
ヴァンパイアってどんだけ食べるんだろうか?もしアニメみたいに考えられない量を食べるようなら、僕は不正を働いて生活保護を受給させる方法を模索しないといけないかもしれない、なんて冗談はさておき、そろそろ行くとしよう。
「お待たせ。早かったな。」
「うむ。待ち合わせに遅れるようなヤツは人として最低だからな。」
「だからお前は人じゃないだろ。」
「それより、今日は亜美も一緒なのだな。まあ特に問題はないが。」
「うん。だって助けてもらったのはあたしなんだし、やっぱりお礼したいよ。それにヴァンパイアがお寿司食べるの見てみたいなぁって。」
「こらこら、私は見世物じゃないぞ?まあそんなに言うなら見せてやろうではないか。」
そんな不思議な会話をしながら僕たちは目的の寿司屋に向かって歩き出した。
駅から少し歩いた場所においしい寿司屋があるという情報を上司から聞いてきたのだ。
「まだ着かないのか?私のお腹が背中とくっつきそうだぞ。」
「ハルトさんのいた世界でもそんな表現するの?そもそも他の悪魔ってどんなのがいるの?」
「この表現はこちらの世界での知識である。私が合わせてやっているのだよ、君たちにな。亜美は悪魔の世界に興味があるのか?そうだな、この世界で認識されている悪魔でだいたい正解だ。むしろ、なぜ我々の世界の住人についてここまでの知識があるのか不思議なくらいだ。推測ではあるが、以前に私と同じように迷い込んだ悪魔がこの世界に概念を広めたのではないかと考えられる。ちなみに悪魔だけでなく、神々や魔獣など様々な生命体が存在している。まぁあちらの世界でも神には滅多に会わないがな。」
「ってことは、サタンとかリヴァイアサンとかいるのか?」
「おぉ、なんと恐れ多い名前を口にするのだ貴様は。上級悪魔の中でも触れてはならない存在だ。恐ろしや恐ろしや。」
はぁ、色々あるんだな、あっちの世界にも。
ふと前を見ると若い2人の女性がこちらに向かって歩いて来た。どうやら外人のようだ。木村に似て綺麗な金髪で、顔立ちもとても美しい。
ん?まさか?
「探しましたよ、ラインハルト様。」
「なっ!?ど、どうしてここに?」
「やっぱり知り合いか?」
「どうしてやっぱりなのだ?」
「だってさ、雰囲気がそっくりじゃん。人間離れした容姿でこのシチュエーションだもんな。ところでどなた様?」
「あなたこそどちら様でしょうか?私はユナ。エギライズ・カミラ・ユナ、ラインハルト様の婚約者です。」
「こ、婚約者?悪魔にもそういう風習があるんですね・・・」
「婚約した覚えはないぞ!私はまだそんなつもりはない!」
「お兄ちゃん、いいかげんにしなさい。ユナは突然いなくなったお兄ちゃんの事をずっと心配してたんだからね?」
「お、お兄ちゃん?ってことはこちらの方は妹さんですか?」
「うむ。頭の悪い貴様でもそれくらいは分かるか。妹のシェリルだ。」
「初めまして。キンバリウム・カミラ・シェリルと申します。シェリルとお呼びください。」
「キンバリウム・カミラって、どこまでが苗字?2人ともカミラって・・・」
「ヴァンパイアにとってカミラとは女性を表すのだ。」
そうか。だから2人とも苗字の次にカミラって入ってたのか。いろんな文化があるなぁ。
ユナと呼ばれた女性はスラッとした体型であり、人とは思えない、いや、人ではなかった。とにかく吸い込まれそうなほど美しい容姿をしている。ただ服装は木村と同じように黒いスーツ姿だ。
同じく黒いスーツ姿のシェリルはちっちゃい女の子としか思えない。言葉使いは丁寧で大人っぽくはあるが、声も、お兄ちゃんって木村を怒る時にホッペを膨らませている仕草も子供としか僕の目には映らなかった。
「ところでどうやってこの世界に来たのだ?私は歪みに飲み込まれてここへ迷い込んだのだが。」
「お兄ちゃんが入った歪みが残ってるんだよ。なぜか消えないの。どこへ通じてるかも分からないのに、ユナが自分も行くって聞かなくて。」
「それでシェリルも一緒に来たのか。それはご苦労だったな。しかしここから帰ることは出来ないぞ?どうするつもりなのだ?」
「もとはと言えばお兄ちゃんがユナから逃げるからこうなったんでしょ?」
「だって。まだ結婚したくないんだもん。」
「おいおい木村、こんな美人だったら自称美人好きのお前には願ったり叶ったりじゃないのか?」
「貴様はユナを知らんからそんなことが言える。怒らしたらその辺の上級悪魔より怖いんだぞ。」
「ラインハルト様、どうして私ではいけないのですか?まさか他に想っている方が?」
「おい秋人、助けてくれ。私の気持ちが通じないらしい。」
「いいじゃないか結婚すれば。こんなチャンスはもうないぞ?」
「そうだよお兄ちゃん。そうすればキンバリウム家だって地位を回復できるかもしれないんだし。」
「ん?地位を回復って?」
「まああちらの世界のことだがな。我がキンバリウム家はヴァンパイアの中でも貴族に属するのだ。さらにその貴族の中でも37階級あり、元は第4階級の貴族だったのだ。」
「元はってことは、今は?」
「うむ。第37階級である。」
「一番下じゃん。お前、何かやらかしたのか?」
「私ではない。愚弟がな、ちょっとした事件を起こしてしまったのだ。」
「そうなんです。私たちにも色々とルールがあります。その大きなルール違反を犯してしまったんです。それで上級悪魔の方々がキンバリウム家から貴族階級を剥奪しようとしたので、第1階級である我がエギライズ家が掛け合って、なんとか最下層の貴族として残してもらったのです。でもそれも不憫で不憫で。考えた結果、私たちが結婚すれば元の階級近くまでは戻るのではないかと思い、縁談を進めていたわけです。」
なんて健気な女性なんだろう。
こんな木村のようなヤツとお家のことで結婚まで決意して。それなのにコイツときたら、あっ!コイツ話を聞いてねぇ!
「ちょっとお兄ちゃん!真剣に聞かないとまたドゥルックちゃんに吹っ飛ばされるよ?」
「ドゥルックちゃんって?」
「ユナの眷属魔のドラゴン族でな、稲妻の属性を持っている恐ろしいヤツだ。そのドゥルックちゃんのおかげで私がこの世界に来たと言ってもいい。」
「あははははっ、そうなんだよ、ユナから逃げようとしたお兄ちゃんをドゥルックちゃんが稲妻で吹っ飛ばしたの。そしたらお兄ちゃん、よりによって歪みに吸い込まれるんだもん、びっくりしたよぉ。」
「おいシェリルよ、笑い事ではないのだ。おかげで元の世界に帰れないんだぞ。」
「ご安心くださいラインハルト様。先ほど申しましたように歪みがまだ消えずに残っているのです。原因はおそらくドゥルックの放った稲妻が影響しているのでしょう。こちらの世界にもその入り口が存在していると考えられます。」
「2人が来たヒズミっていうのから帰れるんじゃないの?ああ、ごめんなさい、あたしはよくわからないけど、出入り口だったら一緒かなって。」
「そう単純ではないのです。近くには存在するはずなのですが、同じところというわけではないみたいです。ところでこちらの方々は?」
「そうだったな。紹介が遅れた。こっちの男は秋人。私の親友だ。そしてこちらの女性は亜美。詳しいことは知らん。」
「初めまして、木村の、あ、ラインハルトさんだっけ?の知り合いの草野秋人です。決して親友じゃありません。」
「あたしは亜美って言います。えっと、ハルトさんに命を救っていただいちゃいまして、なんだっけ?ケンゾクマっていうことになりました。」
「あ。言っちゃった。」
「どうした木村?言っちゃマズかったっけ?」
ユナとシェリルを見るとただでさえ白かった顔色がどんどん白くなった後、シェリルの顔色がすぐに赤くなってきた。お、怒っていらっしゃるようですが。
「お兄ちゃん、どういうこと?この人がお兄ちゃんの眷属魔ってホント?」
「ラインハルト様、だから私ではダメなんですか?私はいったいどうすれば・・・」
そういうとユナはその場にへたり込んでしまった。
そんなユナをシェリルが慰めているかと思いきや、木村と亜美をキッとにらみつけた。まあ童顔なんで全然怖くないんですけど。
「お兄ちゃん、ちゃんと説明して。」
「そうだぞ木村。お前から聞いた説明だと人ではなくなったということと、力が上がったってことくらいしか聞いてないぞ。」
「ふー。まあそうだな。こちらの世界への影響はそんなものなのだ。しかし、ヴァンパイアにとっては色々とあってな。」
「シェリルが説明します。ヴァンパイアの一族は本来は力の弱い種族です。だから力の強い他の悪魔から血と魔力を吸い取って強くなるか、血の契約を交わして眷属魔として従えるか、そうして身を守るのです。ただ、さきほどユナが言ったようにルールがあって、中級悪魔であるヴァンパイアは上級悪魔の血を吸ってはいけないのです。その見返りが中級という破格のクラスを与えられているということなのです。だから許された範囲の中で、より強い眷族魔を従える必要があります。その眷属魔は一人のヴァンパイアの生涯で一体だけしか契約できないのです。」
「おお、なるほど。それじゃあ木村にとっての守護者はこの亜美ってわけね。って、お、お前、そんな大事な契約をあんな簡単にしちゃったわけ?」
「だってぇ、秋人が怒鳴るんだもん。僕ちゃんは説明しようとしたのよ?そしたら秋人ったら、早くしないと殺すって僕ちゃんの胸ぐら掴んで脅すんだもん、怖くて怖くて。」
「秋人、ハルトさんを恐喝したの?」
「おい亜美、お前が死にかけてたからだぞ。まあ確かにそうだけどさ、それでもそんな人生、ん?人生って言葉は悪魔にも使えるのか?まあいいや。生涯で一度しか出来ない契約を使うことないんじゃないか?」
「だってさぁ、亜美が死にそうになってる時の秋人くん、とっても怖かったんだもん。」
「だもん、じゃねーよ。ユナさん、シェリルさん、知らなかったとは言え本当に申し訳ない。僕は亜美を救いたい一心で。」
「うむ。お前が悪い。」
「お兄ちゃん!」
「あなたは悪くありません。ラインハルト様が勝手にやったことです。それとシェリルの説明の補足をしておきます。血の契約は生涯をともにする時によく使われるもの。亜美さんは今後、何度殺しても死にません。死ぬ時はラインハルト様が死ぬ時と同じ時なのです。だから種族の近い男女間での血の契約は婚姻関係に近いものがあります。」
そう言うと立ち上がったばかりのユナは再び地面に崩れ落ちてしまった。
悪魔にも色々と風習というか、ルールがあるんだなぁ。
ん?ってことは亜美の寿命は何歳?
「ってことはあたしは百歳まで生きられちゃうってこと?ねぇねぇ秋人、すごくない?」
「お前、事の重大さがわかってんのか?」
「だってぇ、そうなっちゃったんだからさ、しょうがないっしょ?」
「とりあえずさ、寿司を食べに行こうじゃないか。」
「誰のせいでこうなってんだよっ!」
「ぼ、僕じゃないやいっ!」
そんなわけで今日の食事会は中止となり、ヴァンパイアの方々も一度冷静になってから再度話し合いが行われることとなった。
「ところでユナとシェリルはこちらの世界でどうやって生活しているのだ?」
「まだこっちに来て2日なんだけど、とにかくお兄ちゃんを探してばっかりでさ、ろくに食べてないんだよ。お兄ちゃんはどうしてるの?」
「う、わ、私はまあ知人のところで世話になっている。迷惑をかけたくないので詳しいことは言えないがな。」
「そっか。シェリルたちもなんとかしないとね、ユナ?」
「住むところとか決まるまでだったらさ、あたしのところに来れば?ちょっと狭いけどなんとかなるよ。」
「ありがたい申し出ですが、恋敵の世話になるわけにはいきません。」
「恋敵って、それはあなたたちの世界のルールでしょ?あたしは秋人と付き合ってるんだけど?」
「それでも、なんです。しかしシェリルだけは面倒を見てやってもらえませんか?」
「ユナはどうするの?シェリルだけなんて嫌だよ。」
「私は大丈夫。なんとかするから。ほら、約束。」
そう言ってユナはシェリルのおでこにキスをした。シェリルは納得いかない様子だったが、亜美のところに行くことになった。
「おい秋人。」
「なんだよそんな小声で。どうした?」
なんだか木村が慌てている。あ、そうか。亜美のところにはクロちゃんがいるんだった。
「クロちゃんのことは誰にも内緒だ。わかったな?」
「はいはい、わかりましたよ。もうどうにでもなれ、だ。ところで本当にユナさんは大丈夫なのか?まだこっちの世界のこと全然わかってないんじゃないのか?」
「なんとかするだろう。ユナは私より様々な能力に長けているはずだ。心配ないだろう。」
結局そのまま解散となり、亜美とシェリルは一緒に帰っていった。
シェリルが心配そうに何度も振り返り、ユナを見ていたが、ユナは微笑んで手を振っていた。
木村は重い空気に耐えられなくなったのか、そそくさとどこかへ消えてしまった。
「さて、ユナさんはこれからどうするんですか?変な縁ですけど、こうなった以上は何かお手伝いしますよ?あ、ちょうど給料出たところですし、少しなら貸せます、って言ってもお金の使い方わかります?」
フルフルと首を横に振るユナ。そうだろうな。そもそも悪魔の世界のお金なんてないのだろう。
「その、あの、大変言いづらいのですが・・・」
「ん?なんですか?」
「迷惑はかけないようにするから。泊めてもらえませんか?」
「は?え?えーっ!?」
「だ、ダメですよね。ごめんなさい。」
そう言って頭を深々と下げるユナ。こんな美人な女性を泊めたらさ、これって浮気?いやいや、困ってる人、じゃなくて悪魔を助けるだけだ。これは浮気ではないはず。
「そうだ、ユナさんは変身能力ってあるんですか?ほら、他の小さな生き物になったり出来ませんか?」
「どうしてそんなことを?一応出来ますけど。」
「いや、どうしてって、猫とかになってくれればうちに泊まってもらえると思って。」
「わかりました。本来、獣に変化するのは屈辱的なことなのですが、この非常事態です。よろしくお願いします。」
そう言うとユナの周囲の空間が歪み、そこに立っていた美人なヴァンパイアは白い猫になっていた。
獣に変化するのが屈辱的なことって、木村はほいほい変化していたようですけど、アイツにはヴァンパイアとしてのプライドがないのでしょうか?
「あ、あの、これでいいですか?」
「うん。完璧です。」
「あとお願いがあります。私があなたのところでお世話になることは黙っていてもらえませんか?こんな姿になってると知れたら私・・・」
「それはこっちもお願いしたいね。一応は亜美という恋人がいる身なんで。あと確認なんだけどさ、僕の血、吸ったりしないよね?」
「はい、気をつけますね。」
そう言った白い猫は微笑んでいるように見えた。




