第三章 ヴァンパイアなんて信じない
第三章 ヴァンパイアなんて信じない
家に着くとドアの前に一匹の黒猫が丸くなっていた。
「そんなとこで寒くないか?でもうちはペット飼えないから悪いな。そこをどいてくれないか?」
なんて猫に話しかけている僕は自分でいうのもなんだがとっても変だ。
「我輩はペットではないぞ。失礼である。」
「ね、ね、ねねね猫が、しゃべってる?いや、そんなわけないか。」
「ぬ?この世界の獣は言葉を解さないのか。これは失態だ。」
「や、やっぱりしゃべってる・・・嘘じゃないよな?おい、猫、僕の言葉が分かるか?」
「ニャー。」
「嘘つけー!今さっきしゃべってただろ!」
「ニャ、ニャー。」
「しゃべる猫ってホントにいたんだな。どっから来た?名前は?」
「我輩は猫である。名前はまだない。」
「おお、なんて博識な猫なんだ。ん?待てよ。この声、聞いたことが・・・」
「とりあえず立ち話もあれなので、部屋に入らないか?」
「おい、猫。もう一度聞く。名前は?」
「しつこい男は嫌われるぞ。ないと言っておろう。」
「そういえば玉北町のアパートの倉庫に帰らなくていいのか?」
「そこは追い出されたと言ったであろう、何を聞いていたのだ貴様は。」
「おい木村。僕の頭がおかしいのか?なぜ木村は猫なんだ?答えろ木村春人。」
「ぬおっ!?謀ったな貴様っ!我輩の正体を見破るとは、貴様は一体何者だ!?」
「お前こそ何者だっ!?さっき聞いたばかりの声で、しかもそんな独特のしゃべり方してたら誰だって気付くだろ!それより答えろ、なぜ、猫なんだ?」
「ふぅ。とりあえず何か食事をくれないか?腹が減ってフラフラなのだよ。」
「あ、ああ。ミルクとチクワでいいか?それともキャットフードか何か食べるのか?」
「出来れば焼肉か寿司がいいな。そう、寿司にしよう。一度食べてみたいのだ。」
「お前を黒猫の軍艦巻きにしてやろうか?」
「すいませんでした。チクワでいいです。」
一体なんなんだ?僕の頭がおかしくなったんだろうか。
猫があの外人、いや、もう人じゃないな。そして木村がしゃべる黒猫?僕がアパートのドアを開けると当然のように、まるでそこが元々自分の家であるかのように、家猫のようにスルリと家主より先に部屋に入っていく。本当にこの黒猫が、僕が昼間に対決したあの金髪の木村春人であるならば、いや、そんなことはありえないはずなのだ。
「それで、チクワはまだかね。我輩の腹の虫が怒っておるぞ。」
「ほら、ちょうど残ってるのがあるから食えよ。」
そう言って僕は皿にチクワを2本置いてやった。
「ところで木村さんよぉ、どうして猫の姿なんだ?もしかして妖怪なんですか?あっ、化け猫ってやつ?だから住民票がないのか!」
「むぐむぐ、食事中に色々と言うでない。まったくマナーを知らんのか貴様は。」
マナーって、床に置かれた皿に向かって一心不乱にチクワをパクついてる猫が言う台詞とは思えないが。
とりあえず食事が終わるのを待つことにした。
チクワを食べ終わった木村は右脚で丁寧に顔を拭いている。その仕草はまさに猫そのものだ。
「さて、どう話せばよいかな。まず我輩は化け猫ではない。そんなケット・シーのような下等種族と一緒にされては困るな。我輩はアルガスヘイトに住まうヴァンパイアの一族、キンバリウム家が長男、キンバリウム・ラインハルトである。」
「へー。ヴァンパイアか。それで?」
「なっ!?かるっ!反応軽くない?もっとさ、ヴァ、ヴァンパイア!?とか。キャー!とかないわけ?」
「その偉そうなオッサンのようなしゃべり方と、軽いノリのしゃべり方はどうにかならないのか。だってヴァンパイアなんているわけないだろ。そんなものがいるならこの世界中が吸血鬼だらけになってるよ。」
「ん?なぜであるか?」
「は?だって血を吸われたらソイツもヴァンパイアになって、どんどん増えていくだろ?それに目の前に僕という人間がいるのに血を吸おうとしないじゃないか。」
「ぶはっ!え?何?そんな認識なわけ?そんな簡単に我が一族が増えたら逆に困るではないか。高貴なこの種族がそげな風に増えるわけなかろうがバカ者め。漫画の見過ぎじゃないのかーい?そして我輩の3つのポリシーを教えてやろう。まず1つ目だ、我輩は気に入った美人の血しかいただかない。だから貴様のような下郎の血などに興味はないのだよ。2つ目は」
「待て待て、ヴァンパイアって、増えないの?伝染しないの?それにお前、チクワ食ってんじゃん。ヴァンパイアの食事は血だろ?そんな男の血だとか女の血だとか関係なくない?」
「貴様はとことん頭が悪いようだな。確かに我ら一族は血液を食す。しかしそれは好物であって食事ではない。だいたい考えてもみろ。血だけしか飲まないなら歯なんていらないじゃん。蚊のように針でいいじゃん。それと栄養はどうなる?偏って僕ちゃん栄養失調で倒れちゃうよ?救急車で運ばれて点滴されるじゃないか。あ、ヴァンパイアさんだから点滴じゃなくて輸血なのかしら?血液型は?なんて看護師さんに冗談言われながら保険証もないのに入院だよ?高額な治療費は貴様が払ってくれるのか?」
「おい、なんだか話が変な方向に行っているぞ。つまり血は高級なワインみたいなもんで、食事は普通に必要だってことだな?まあそれはわかった。百歩譲ってお前がヴァンパイアだとしよう。さっきからずっと気になっているんだけど、いつまで猫?それとどうやって人間の姿になるんだ?物理的にはどうなってる?」
僕の質問に対し、目の前の生意気な黒い猫は眠そうに顔を前足で何度もこすりながら気だるそうにしている。
「まあ我輩のいた世界ではこういった能力はさほど珍しいものではないからな。改めて理屈を説明するのも難しいな。頭の悪い貴様でも分かるように言うならば、貴様たちは水分とたんぱく質でほとんど構成されているだろう?我らは水分と無機質と思念体のような物質で構成されている。もちろん種族によってほぼ無機質だったり、思念体のみだったり、まあ色々であるがな。だから体積という概念で考えても理解は出来ないのだ。」
頭が悪いと何度も言われると腹が立つが、コイツの言ってることがあまり理解できないので反論の余地もない。
百聞は一見にしかず。とりあえずは・・・
「じゃあ今ここで元に戻ってみてよ。そしたら一応ヴァンパイアって信じるからさ。」
「・・・エッチ。」
「お前ホントに悪魔なのか?やっぱ化け猫とかそういう類だろ?」
と言いながら、既に僕の中で化け猫とかそういう異質な、常識では測れない事態を受け入れているようだ。
だって僕、猫と会話してるんだもん。もうファンタジーだよ。
「仕方ないな、一飯の恩は忘れるなと言うしな。」
「お前ホントに悪魔なのか?そしてなんでそんなに人間のことに詳しい?」
呆れる僕の目の前で信じられない光景が飛び込んできた。
さっきまで偉そうにしゃべっていた黒猫がボヤけたようにユラユラと揺れたかと思うと、先日のあの木村春人がそこに座っていた。
「やあ、久しぶり。おや?せっかく現れてやったというのに何か言ったらどうなんだ?」
言葉が出てこなかった。
今、僕の目の前で起こった光景は、ちゃんと見たはずなのに頭が理解しようとしない。たしかに黒猫が木村になった。それは事実なのだが。
「さて、夜も更けてきたし、そろそろ寝ようではないか。おい、ベッドはどこだ?しもたっ!湯浴みをしていないではないか!私が先に入ってよいか?リンスある?」
「おい木村。おい木村。お前ヴァンパイアだよな?ヴァンパイアは夜に寝るのか?それと誰が泊めるって言った?」
「ぶはっ!相変わらず貴様はズレたことばかり言う。それってわざと?ねぇわざとだよね?ちゃんと夜は寝なきゃ寝不足で倒れちゃうよ?そしたら救急車で運ばれて、ベッドがいいですか?それとも棺桶ですか?なんて看護師さんに冗談を」
「もういいよ、わかったから。だからそろそろ帰ってくれないか?」
「またまたご冗談を。私の帰るところがどこにある?さあ教えてくれたまえ。さあ、さあどこなんだい?」
ああ、なんてムカツクんだろう、この自称ヴァンパイア。いっそ警察を呼んでやろうかとも思ったが、面倒なことになりそうなので取引をすることにした。
「さて木村さん。この封筒に千円が入っている。これがあれば何かおいしい食事にありつけるね。ほしいかい?」
「ぜっ、ぜひっ!」
「それっ!」
僕はその封筒を窓から外に投げ捨てた。封筒は気持ち良さそうにひらひらと舞い降りていった。
「ああ!なんてことをっ!?」
情けない声を出したヴァンパイアは二階の窓から勢いよく身を乗り出した。そして、そのまま飛び出す、かと思いきや、玄関のドアからちゃんと靴を履いて出て行き、ドタドタと階段を駆け下りて行ったのだった。
僕はドアを閉め、そして鍵を掛けてからゆっくりシャワーを浴びることにしたのだった。




