群れの結び目(前編)
廃鉱の一件から、一年が経った。
私は十三歳、E級になった。討伐実績を地道に積んでの昇級である。カルナのギルドに顔を出すたび、あの野次おじさんたちが「言った通りだろう、俺は最初から見込んでた」と手柄顔で騒ぐ。あなたたちが言ったのは「考え直せ」だったと思う。でもまあ、今では矢の一本も削ってくれる人たちなので、良しとする。
そして今日の依頼は、おばちゃんの隊商の護衛だった。
「ありがたいねえ、灰熊亭ご一行様。……正直、今回ばかりは心細かったんだ」
「物騒なんだって?」
「オルド峠でね。この一月で、隊商が三つやられた」
積み荷が奪われ、馬が消えた。死人が出ていないのが不幸中の幸いだが、それも妙な話だ、とおばちゃんは眉を寄せた。
「山賊なら金目のものを狙う。魔物なら人を狙う。……なのにあいつら、《《いちばんいい馬だけ》》持っていくんだよ」
選んで、盗る。
父さんと母さんが、ちら、と目を見交わした。仕事の顔が、半段階だけ深くなった。
*
オルド峠は、九十九折の続く岩がちの峠道だった。
異変は、頂上を越えた下りで来た。
「——止まれぇ!」
先頭の父さんが吠えた。道の先、切り通しのいちばん狭いところに、太い倒木が横たわっている。昨日の風で倒れた? 違う。切り口が、白い。
「新しいわね」と母さん。「それも——《《齧って》》倒してある」
倒木は、通せんぼの位置に、きっちり置かれていた。
直後、両側の斜面が、灰色に沸いた。
岩狼。岩みたいな瘤を背負った、群れ狩りの魔物。一匹、二匹——数えるのをやめた。二十を超えている。
「隊商は中央! 荷を円に!」父さんの言葉が短くなる。「カグラ!」
「右は任せて」
戦闘が、始まった。
父さんの盾が先頭の突進を鐘の音で弾き、母さんの拳が右翼の二匹をまとめて崩す。私は荷馬車の屋根に上がって、矢を番えた。射線は上から。味方越しでも、上からなら通る。
——世界から、音が引いていく。
会。崩されて足の止まった一匹。
——離れ。弦音。一匹、沈黙。
型は、今日も正しく回る。止める、崩す、射る。三匹、四匹と数を減らして——そこで私は、違和感に気づいた。
《《波が、綺麗すぎる。》》
岩狼の群れ狩りは、知っている。腹を空かせた個体から我先に突っ込む、飢えの連携だ。ほつれて当然、乱れて当然。なのにこの群れは、一匹が退くのと同時に次が出る。左右の波が、交互に、正確に。まるで拍子を数えているみたいに。
そして、もっとおかしいのは——
「浅いっ……!」
父さんの盾に当たった狼が、深追いせずに離脱する。母さんに崩された狼が、致命傷になる前に転がって逃げる。誰も、本気で噛みに来ていない。
「引くぞ、こいつら!」
父さんの言う通りだった。潮が引くように、群れは波状攻撃をやめ、斜面を登って、《《隊列を保ったまま》》姿を消した。
残されたのは、倒木と、数匹の骸と、無傷の隊商。
……勝った、はずだ。損害はゼロ。なのに、勝った気が、まるでしなかった。
「なあ、カグラ」父さんが盾を下ろさないまま言った。「岩狼ってのは、ああいう生き物だったか?」
「いいえ」母さんは、群れの消えた斜面を見ていた。「岩狼は退かない。食うか、死ぬかよ。……それにあなた、気づいた? あの群れ、いちばん状態のいい馬の《《匂いを嗅いでた》》」
「ああ。……こりゃ、狩りじゃねえな」
「ええ」
母さんは指先の土を払って、短く言った。
「——《《値踏み》》ね」
私たちは試された。積み荷と、馬と、護衛の腕前を。次に来るときは、本番ということだ。
*
その夜は、峠を下りきった宿場の外れで野営になった。焚き火は大きめ、見張りは交代制。おばちゃんの隊商は、さすがに祝い酒を言い出さなかった。
私の見張り番は、月が中天にかかる頃だった。
弓を膝に、火の外の闇に目を慣らす。夜番のコツは、見ようとしないこと。視界をゆるく開いて、動くものだけを拾う。狩りで覚えた目の使い方だ。
——いた。
遠い尾根の稜線に、点々と、光る目の列。岩狼たちだ。数えて、十、二十。こちらを見下ろして、動かない。
ぞ、と背中が冷えた。でも、本当に冷えたのは、その次だった。
目の列の真ん中に、ひとつだけ。
《《高さの違う影が、立っていた。》》
四つ足じゃない。狼より小さくて、細くて——二本の足で、立っている。
影は、しばらくこちらを見下ろしていた。それから、すう、と稜線の向こうに消えた。目の列が、一斉に、それに続いた。
まるで、従者みたいに。
(第七話・了)
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