残心
葬儀は、春の初めに、カルナで行われた。
王都でも大聖堂でもなく、カルナで。あの家族の見送りに、これ以上ふさわしい街はなかった。ギルドの前の広場に、入りきらないほどの人が集まった。冒険者、隊商、宿の主人たち、命を救われた村の人たち。ドルグさんは朝から泣きどおしで、ニナさんは進行を完璧にこなして、最後の最後にひとりで裏に消えた。タエばあは、ヤマトの白い花を、棺に一枝ずつ入れた。
「カグラちゃん。……いい湯を、ありがとうねえ」
産婆のおばちゃんは、父さんの棺に、酒を一杯だけ供えた。
「あんたの娘の産声はね、旦那。あたしが取り上げた中で、いちばんだったよ。——《《世界一だった》》」
丘の上に、墓標が二つ、並んで立った。
盾の形の石と、花を彫った石。墓碑銘は、家族会議(二人だけの)で決めた。
《《止めた人、ここに眠る》》
《《崩した人、ここに眠る》》
意味の分かる人にだけ、分かればいい。あの二人の仕事は、ぜんぶ、次の誰かが立つための「止める」と「崩す」だったから。
*
人が引いた夕方、私は丘に残った。ノエルも、残った。
夕陽が、墓標を長く伸ばして、私たちの影と繋げていた。
「……ノエル。話しておきたいことがあるの」
「はい」
「長いよ。たぶん、信じられない話」
「はい。——聞くために、残りました」
私は、話した。
ぜんぶ、話した。
弓削玲乃という名前。祖父の道場。板張りの床の冬の冷たさ。師範のこと。世界大会のこと。コンビニの新作スイーツのこと。夕暮れの交差点と、ボールを追いかけた男の子と、トラックのこと。白い空間の、名乗らない神様のこと。「静かな生まれには、ならなんだ」のこと。産声と、狼と、それからの十七年——ぜんぶ。
話し終わる頃には、日が沈みかけていた。
ノエルは、一度も口を挟まなかった。ただ、途中から、私の手を握っていた。
「……変、でしょ。こんな話」
「変です」
即答だった。思わず顔を上げると、ノエルは、泣きながら、笑っていた。
「変ですけど——《《ぜんぶ、繋がりました》》。あなたの矢が祈りみたいな理由も。あなたの言葉が、たまに遠くから来るみたいに聞こえた理由も。カグラさんが、あなたを見るとき、時々してた顔も。……それから」
ノエルは、私の手を、両手で包み直した。
「二回目だって聞いて、思ったこと、言っていいですか。——《《二回目の人生で、私を見つけてくれて、ありがとうございます》》」
「〜〜〜っ」
「あっ、泣いた」
「泣いてない。……埃が、入った」
「ふふ。それ、バッシュさんのやつです」
二人で、少し笑って、たくさん泣いた。
それから、ノエルが言った。
「リノ。あのね、私も、ひとつ、白状することがあるんです」
彼女が取り出したのは、あの祈祷書だった。擦り切れて、余白という余白が、旅の記録で埋まった、見たいものリスト。ノエルは、いちばん最後のページを開いて、私に差し出した。
「二年前の、焚き火の夜。『ひみつです』って言ったやつ。……時効です」
リストの最下段に、あの夜の、小さな慌てた字で、こう書いてあった。
——《《見たいもの。ぜんぶ。リノさんの隣で。》》
「…………」
「時効、ですよね?」
「……うん。時効」
夕陽が、沈んだ。
丘の上の墓標に、一番星が出た。私は矢筒からお守りを外して——外さなかった。外しかけて、やめて、そのまま、革紐を結び直した。これは、ここにいるのが正しい。私の商売道具のいちばん深いところに、この子の祈りがいるのが、正しいのだ。これからも、ずっと。
「ね、リノ」
帰り道の坂で、ノエルが言った。
「私、考えてたんです。カグラさんの、最後の言葉のこと。『あなたが誰であっても、あなたは私の娘よ』って、言ってくれた人のこと。……だから、私も、ちゃんと言葉にしておこうと思って」
ノエルは、立ち止まって、私に向き直った。
「弓削玲乃さんでも、リノでも。前世が百回あっても、心臓が一回止まってても、夜に呑まれた三日間があっても。——《《あなたが誰であっても、私はあなたが好きです》》」
母さんと、同じ形の言葉だった。
母さんのは、家族の言葉で。この子のは——これから家族になる人の、言葉だった。
「……うん」
私は、頷いて、手を差し出した。指を、絡めた。恋人繋ぎ、というのだと、いつかおばちゃんが教えてくれた。迷子防止とは、もう、どちらも言わなかった。
丘の下で、カルナの街に、灯りがともり始めていた。
(第四十五話・了)
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