表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/46

止める、崩す、射る

登録から十日後。「熊と花と矢」としての初仕事は、ニナさんが選んでくれた。


「西のミルテ村から討伐依頼。岩鎧猪(ロックボア)の群れ、五頭。収穫前の麦畑が狙われてる。等級はC——リノちゃんはF級だけど、パーティ等級で受けられるわ」


「岩鎧猪って、あの、額に岩の板を乗せてるやつですか」


「そ。正面からは剣も矢も通らない、生きてる城門。……ま、あなたたちなら心配してないけど」


心配していないのは、ニナさんだけではない。依頼書を受け取る父さんも母さんも、完全にいつも通りだった。いつも通り、道中の献立の相談をしていた。猪が出る依頼だから今夜は猪鍋の予定らしい。討伐対象を夕飯に数えるの、うちだけだと思う。


心配しているのは、私だけだった。


——腕の話じゃ、ない。的が動こうが跳ねようが、当てる自信はある。


そうじゃなくて。


父さんと母さんは、二人で二十年戦ってきた。「熊と花」の連携は、楽譜のいらない二重奏だ。目配せひとつ、いや、目配せすらなく、盾と拳が同じ拍で動く。あの完成された音の中に——三つ目の楽器の入る場所は、あるんだろうか。


宿の寝床で、私は矢を数えた。二十本。弦を張り替え、矢羽根を撫でて、それでも眠りは浅かった。


*


ミルテ村は、刈り入れを一週間後に控えた、金色の海みたいな村だった。


「毎晩来るんです。あの岩頭ども、麦の匂いで山から降りてきて……柵も番犬も、もう」


村長さんの話では、被害は日暮れどき。私たちは畑の縁に陣取って、夕陽が山の端にかかるのを待った。


来た。


麦の海の向こう、山裾の茂みが割れて、灰色の岩塊が五つ、鼻から荒い湯気を吹きながら現れる。体高は父さんの胸ほど。額から背中にかけて、岩の板鎧。蹄が地を掻く音だけで、柵の杭がびりびり震えた。


「一番槍、もらうぞ」


父さんの声が、低く短くなった。戦いのときだけ、父さんは言葉を節約する。


先頭の一頭が、突っ込んできた。土砂崩れみたいな突進——を、父さんは大盾を半歩傾けて、真正面から受けた。


ごうん、と鐘みたいな音がした。猪は止まった。父さんは半歩も動いていない。


「あら、よいしょ」


そこへ母さんが、散歩の足取りで滑り込む。止まった巨体の顎の下、細腕がするりと差し込まれ——次の瞬間、岩鎧猪は自分の突進の勢いごと掬い上げられて、ごろん、と横倒しになった。晒された喉へ、母さんの掌底がとん、と落ちる。


一頭目、終了。所要、五秒。


……ね? 完成されてるでしょう、この二重奏。


二頭目、三頭目が同時に来ても、揺らがなかった。父さんが一頭を受け、母さんがもう一頭を投げ、受けた方を返す刀で母さんが崩す。盾と拳が、同じ拍で鳴る。私は弓を構えたまま、正直、見惚れていた。射る隙がない、というより——射る《《必要》》が、どこにもない。


やっぱり、と思いかけた、そのときだった。


四頭目の陰に隠れて走っていた五頭目が、戦線の横を、するりと抜けた。


向かう先は畑の奥——収穫小屋。村長さんたちが、様子を見に隠れている小屋だ。


父さんは四頭目を受けている。母さんは投げの最中。二人とも、間に合わない。


「——リノ!」


母さんの声。振り返りもしない、疑いもしない、任せる声。


任された。


私は駆けながら考える。追いつけない、が、追いつく必要はない。的の未来に矢を置けばいい。ただし正面は岩の鎧、走る的の急所は閉じている。開かせる。どうやって? ——父さんがいない。母さんもいない。なら。


《《止めるのも、崩すのも、矢でやる》》。


——世界から、音が引いていく。


麦の穂ずれ。蹄の轟き。潮のように引いて、あとには弓と、矢と、夕陽に照らされた灰色の的。


一の矢。狙いは急所じゃない。右前脚、関節の継ぎ目——鎧と鎧の、隙間。


弦音。猪の右前脚が、突進の速度のまま、かくんと折れた。巨体は自分の勢いに巻き込まれて、麦をなぎ倒しながら、ごろごろと転がる。転がれば——喉が、開く。


二の矢は、もう番えてある。


会。転がる巨体の中で、そこだけ止まって見える、鎧のない白い喉。


『欲を手放した射だけが、まっすぐ飛ぶ』


——離れ。


五頭目は、収穫小屋の三歩手前で、静かになった。


残心。三つ数えて、弓を下ろす。使った矢は、二本。


*


気がつくと、戦場が終わっていた。父さんと母さんが四頭を片付け、私が一頭。麦畑の被害、通り道ひと筋ぶん。


母さんが、歩いてきた。倒れた五頭目の、右前脚の矢と、喉の矢を順に見て——ふ、と目を細めた。


「あら。……止めて、崩して、射たのね。一人で、全部」


「二人の真似を、しただけ」


「ふふ。真似できる子は、初めて見たわ」


そして最後の一頭——群れで一番大きい、(ぬし)らしき六頭目が、山裾から現れたとき(五頭って言ったじゃん、村長さん)、それは起きた。


父さんが受ける。鐘の音。突進が止まる。


母さんが崩す。細腕一閃。岩の巨体が傾いで、喉が夕陽に晒される。


そして二人は、当たり前みたいに、同時に叫んだ。


「「——リノ!!」」


ああ、もう。


入る場所なんて、心配するだけ無駄だった。この二重奏は最初から、三つ目の音のために、一小節空けて待っていたのだ。


——世界から、音が引いていく。


会。


——離れ。


弦音がひとつ。主は、麦の海に沈んだ。


残心の姿勢のまま、私は聞いた。父さんの、盛大に洟をすする音を。世界から音が引いても、あれだけは引かなかった。どういう音量なの。


*


その夜のミルテ村は、猪鍋と祝い酒で大騒ぎだった。


「よし! この戦術に名前をつけるぞ!」と、父さんが宣言した。嫌な予感がした。


「『バッシュ・カグラ・リノ砲』だ!!」


「センスが壊滅的ね」


「なにぃ!? じゃあカグラはなんだって言うんだ」


「そうね。『親子丼』。……あら、これも料理ね」


「うちの家族を丼にするな」


議論は猪鍋が煮詰まるまで続き、結局、私が箸を置いて言った一言に落ち着いた。


「——『止める、崩す、射る』。やることの順番が、いちばん強い名前だと思う」


止める。崩す。射る。


熊が止め、花が崩し、矢が終わらせる。この夜、金色の麦畑の村で生まれたうちの「型」が、いずれ王都まで轟くことになるのだけど——それはまだ、ずっと先の話。


(第四話・了)

ここまで読んでくださりありがとうございます!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!


毎日二話更新の集中連載!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ