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封印の間(後編)

白装束は、二十を超えていた。


全員の喉元に、黒い装具。広間の出口という出口を塞ぎ、けれど、かかっては来ない。ただ、壁になった。


「……猊下。これは、どういう趣向です」


父さんの声が、低い。オズウェルは、両手を広げたまま、心底すまなそうな顔をした。


「ああ、ああ、誤解めさるな。手荒なことをするつもりはないのです。ただ、《《静粛》》が要りましてな。これからの儀は、繊細なのです」


「儀?」


「封を、繕う儀——と、申し上げましたかな」


老人は、杖を、床の陣の中心に、こつん、と突いた。


陣が、光った。


床の刻線が黒く輝いて、光の帯がノエルの足元へ走り、彼女を中心に円を描いた。ノエルの体から、意思と関係なく、光が引きずり出されていく——祈りの光が、糸のように、扉の亀裂へ。


「〜〜〜っ、これ……! 吸われて……!」


「ノエル!!」


駆け寄ろうとした私の前に、白装束の壁。父さんの盾が一人目を弾き、母さんの拳が二人目を沈める。でも、多い。多すぎる。


「お静かに。お静かに。……ふふ、申し上げたはずですよ。祈りをもって成った封は、祈りをもってしか——《《開けられぬ》》のです」


「繕うんじゃ、なかったのかよ!!」


「同じことです」


オズウェルの声から、初めて、営業の色が完全に抜けた。


「繕うも、開くも、干渉には変わりない。要は——《《どちらへ祈るか》》。そして祈りの向きは、儀を執る者が、決めるのです」


老人は、両腕を掲げた。折り返していた法衣の裾が、はらりと落ちる。裾の内側は——黒だった。染みなどではない。裾から胸元まで、蔦のように這い上がった、黒い紋様。


「五十年。五十年、わたくしは祈りました。神は、答えなかった。……ですがね、皆さん。三年前、答えてくださる方が、《《下から》》いらしたのです」


どく——と、扉の脈が、大きく鳴った。


オズウェルの体が、浮いた。


黒い紋様が法衣を突き破り、老人の輪郭が、陽炎のように滲む。滲んだ輪郭の向こうに、何か、巨大なものの気配が重なる。声が、二重になる。


「【ようやく、だ】」


それは、オズウェルの声で、オズウェルの声ではなかった。


「【千年、割れ目から囁き続けた。ようやく、鍵が届いた。ようやく、《《満ちられる》》】」


——器。


ガロも、オルドも、ラウル司祭も、ここまでは行かなかった。人がまるごと、あれの容れ物にされ切った姿。それが、目の前で、人の形を捨てようとしていた。


*


そこからの戦いを、私は生涯、忘れない。


父さんの盾は、完璧だった。母さんの拳は、完璧だった。そして——《《完璧が、通じなかった》》。


「【見える】」


器オズウェルは、動かずに躱した。父さんの渾身の突進を、半歩で。母さんの神速の崩しを、指一本で。


「【盾の男。お前の一撃は「守りたい」でできている。拳の女。お前の一撃は「愛しい」でできている。——《《欲の乗った動きは、全て、輪郭が見える》》】」


渇望感知。囁きの、裏の顔。感情で燃えるこの世界の武技と魔法は、あれの前では、手の内を全部さらして踊っているのと同じなのだ。


なら。


——世界から、音が引いていく。


私は、梓を引いた。狙いは、器の胸——オズウェルの体の中心で、黒く渦を巻く一点。


会。


『欲を手放した射だけが、まっすぐ飛ぶ』


——離れ。


弦音が、鳴った。


矢は、まっすぐ飛んで——《《当たった》》。


器の胸に、確かに突き立った。黒い体液が飛び、巨大な気配が、初めて、揺らいだ。広間の白装束が、一斉にざわめいた。


「【——…………今のは、見えなかった】」


器が、ゆっくりと、私を見た。


オズウェルの顔の残った部分が、驚愕と、それから——歓喜に、歪んだ。


「【見えない。読めない。欲がない。……ああ、ああ、《《お前か》》。記録の娘。声の届かぬ娘。欠けていない器。……なんという、なんという】」


「リノ!! 話を聞くな!! 撃ち続けろ!!」


父さんの声で、我に返った。二の矢、三の矢。器は、私の矢だけは読めない——でも、当たっても、致命にならない。あの体はもう半分、人ではないのだ。それでも、矢が立つたびに儀の光が乱れ、ノエルを縛る円が、揺らぐ。


「ノエル!! 祈りの向きを、取り返せ!!」


「〜〜〜っ、はい……!!」


ノエルが、吸われる光の中で、両手を組んだ。奪われる祈りと、捧げる祈りの、綱引き。扉の亀裂の明滅が、二つの拍子の間で、乱れ始める。


「【小賢しい】」


器が、腕を振った。


広間の天井が、割れた。


千年の石組みが、頭上から雪崩れてくる。白装束たちが逃げ惑い、粉塵が視界を潰し、床の陣が明滅し——その混乱の中で、母さんの声だけが、いつも通りの温度で、通った。


「——リノ、ノエルを。《《上へ》》」


「母さん!?」


「早く」


崩れる広間の中で、父さんと母さんが、背中合わせに立っていた。降り注ぐ瓦礫と、体勢を立て直す器と、二十の白装束の前に。


たった、二人で。


(第三十六話・了)

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