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招喚状

年が明けてすぐ、それは来た。


封蝋は二つ。聖堂教会中央評議会と——《《リーゼル王国政庁》》。宛名は、ノエル個人ではなく、「冒険者パーティ『熊と花と矢と光』御中」。


ニナさんは、書面を検分して、悔しそうに首を振った。


「……今度のは、断れないわ」


内容は、要請だった。曰く、王都大聖堂の地下、「祈りの間」に原因不明の異変あり。調査には浄化の力を持つ者の協力が不可欠。ついては王国および教会の名において、当該パーティに、A級指名依頼として協力を要請する——。


「A級指名は、正当な理由なく三度断ると、パーティ等級の見直し対象になる。これはギルドの規約。そして今回は王国の印まである。断り続ければ、次は資格じゃなくて、《《法》》の話になる」


「規約の抜け道は?」


「探したわよ、三日。……ないの。作った人間が、規約と法の両方を知り尽くしてる」


書類では、勝てない。二年前、書類で勝った相手が、今度は書類で殺しに来た。


*


家族会議は、長かった。


「行かない、という選択はあるわ」と母さんは言った。「等級を捨てて、名を変えて、海を渡る。ヤマトなら、教会の手は届きにくい。予定を、少し早めるだけ」


「でも」と、ノエルが顔を上げた。「異変が本当なら……封印の間が本当に綻んでるなら、放っておいたら、どうなるんですか」


誰も、すぐには答えなかった。


答えは、全員が知っていた。ガロ。オルド。ラウル司祭。この一年半で三つ。その前の四年で一つ。石の目覚めは、明らかに、増えている。リアムの写しにあった通りなら、各地の石は本体の欠片で——欠片が騒ぐのは、《《本体が起きかけている》》からだ。


「私の光が、封印の鍵で、刃なんですよね。締めることも、できるんですよね」


「ノエル。それは——」


「罠だと思います。分かってます。オズウェル猊下の顔も、白装束も、ぜんぶ、あそこに繋がってる。……でも、だからこそ、です。《《罠の中心と、封印の中心が、同じ場所にある》》。逃げても、世界のどこにいても、封印が破れたら終わりなんです。なら」


ノエルは、まっすぐ、家族を見回した。


「行って、締めてきましょう。それで、春に、堂々と船に乗りましょう」


沈黙のあと、父さんが、大きく息を吐いた。


「……嬢ちゃんが来た日から、うちの会議は、いつも一番若いのが一番強いこと言うなあ」


「ふふ。血ね」


「血は繋がってないんだが!? ……いや、繋がってるのか。飯の血が」


父さんは、立ち上がった。大盾を、どん、と床に突いた。


「よし。決だ。——《《全員で行って、全員で帰ってくる。いつも通りだ》》」


いつも通り。その言葉の頼もしさに、あの夜の私たちは、まだ、何の疑いも持っていなかった。


*


王都リーゼンハイムは、石造りの巨大な街だった。


大聖堂への出頭日は、三日後。それまでは自由だという(監視の目付きの自由だけど)。そして到着の翌日、母さんは私を連れて、職人街の奥へ入った。


古い工房だった。看板には、この大陸の文字と、懐かしい形の文字が並んでいた。——ヤマトの文字だ。


「いらっしゃい。……おや。カグラさん」


出てきたのは、ヤマトの血を引くという、白髪の弓師だった。母さんは軽く頭を下げて、短く言った。


「約束のもの、引き取りに来たわ」


奥から出てきたのは、細長い、桐の箱だった。


蓋を開けた瞬間、工房の空気が、変わった気がした。


長い弓だった。この大陸の短弓とはまるで違う、すらりと上下に伸びた——《《和弓》》だった。漆の色は深く、握りの位置は下寄りで、竹と木を貼り合わせた弓胎(ゆだめ)の構造。夢の中でだけ、十七年引き続けた、あの形。


「銘は《《(あずさ)》》」と、弓師が言った。「ヤマトの弓聖の流れを汲む、うちの親父の最後の一張りだ。引き手を五十年待った」


「母さん、これ……」


「五年前に、あなたの射を見て、注文だけしておいたの。『いつか、うちの娘が引きに来る』って」


母さんは、桐箱ごと、私に差し出した。


「大きくなってから、と言ったでしょう。——《《もう、大きくなったわ》》」


受け取った梓は、見た目より軽く、そして、手の中で、しん、と静かだった。いい弓は、静かなのだ。前世の師範が、そう言っていた。


「引いてみな、嬢ちゃん」と弓師。


工房の裏の的場で、私は梓に、初めて矢を番えた。


——世界から、音が引いていく。


足踏み。胴造り。打起し、引分け——梓は、素直だった。素直で、深かった。引けば引くほど、弓の奥から、誰かの五十年が、静かに応えてくる。


会。


『欲を手放した射だけが、まっすぐ飛ぶ』


——離れ。


弦音が、鳴った。


高く、澄んで、長く尾を引く——弦音(つるね)。この世界に来て十七年、初めて聞く、《《正しい弦音》》だった。的の中心で矢が鳴って、私はしばらく、残心のまま動けなかった。


「……いい音」


母さんが、目を細めた。


「その音を聞かせたくてね。五年、待ったのよ」


私は弓を下ろして、母さんに、深く、頭を下げた。言葉は出なかった。出なかったけど、たぶん、ぜんぶ伝わった。この人には、いつも、ぜんぶ伝わってしまうのだ。


三日後。私たちは、大聖堂の門をくぐる。


新しい弓と、いつもの家族と——いつも通り、全員で帰ってくるために。


(第三十四話・了)

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