いちばん幸せな夜
冬の初めに、私は十七歳になった。
誕生日と登録日と、ついでに「二人で三人前を食べた記念日」(ノエル命名、対象は主にノエル)を合同で祝うことになり、場所は結局、カルナの定宿になった。北へ南へ逃げ回った一年の締めくくりに、いちばん帰り慣れた街を選んだのは、たぶん、家族全員の意地だった。
——旅程を早めているだけで、逃げてはいない。だから、帰りたい街には、帰る。
そして蓋を開けてみれば、宴は、過去最大になった。
ニナさん(三日前にカルナ支部へ異動してきた。「もう運命でいいわよ」とのこと)。ドルグさん(樽を二つ抱えてきた)。産婆のおばちゃんの隊商(全員)。湯治場のタエばあまで、峠を越えて駆けつけてくれた。定宿の食堂は貸し切りで、厨房は父さんが占拠した。
「灰熊亭、本日、《《大》》開店だあ!!」
猪の香草焼き。海の街で覚えた貝の酒蒸し。タエばあ直伝のヤマトの汁物。シチューは、大鍋で二つ。ノエルは配膳と会計(会費制にして原価を割らない管理をする十七歳)を仕切り、母さんは酒番で、私は——主賓なので、座っていろと言われた。座っていられなくて、結局、皿を運んだ。
宴の途中、おばちゃんが「そうだ」と手を叩いた。
「絵描きの兄さんが隊商にいるんだよ。——ほら、あんた、描いとくれよ。この家族を」
絵描きのお兄さんは、食堂の隅に私たちを並べた。
真ん中に父さんと母さん。その前に、私とノエル。「もっと寄って」と言われて、肩が触れた。「はい、笑って」と言われる前に、ノエルは笑っていた。
木炭が紙を走る音を、みんなが酒を片手に見守って、できあがった一枚に、宴じゅうが「おお〜」と沸いた。
上手だった。父さんは実物より二割男前に描かれ、母さんは杯を持ったまま笑っていて、ノエルの髪には白い矢羽根がちゃんとあって、私は——思ったより、柔らかい顔をしていた。弓を持っていないときの私は、こんな顔をしているのか。
「タイトルはどうします?」と絵描きさん。
「「熊と花と矢と光」!」と父さん。
「長いですって」とニナさん。
「なら——《《家族》》で」と、ノエルが言った。
異論は、出なかった。
*
宴の終わり近く、母さんが、杯を置いて言った。
「そうだ。皆のいる前で、決めてしまいましょう。——来年の春の話」
「春?」
「《《ヤマトに行くわよ》》。桜の季節に」
食堂が、しん、とした。ノエルの持っていた皿が、かたん、と鳴った。
「本気? 母さん、船で二ヶ月はかかるって」
「本気よ。理由は三つ」母さんは指を折った。「一つ、教会の手は海を越えにくい。二つ、タエばあが伝手の船主を紹介してくれる。三つ——」
母さんは、ノエルを見て、ふ、と笑った。
「リストに、あるんでしょう。《《ヤマトの桜》》」
ノエルの目に、みるみる涙が盛り上がった。皿を置いて、両手が祈りの形に組み上がって、それでも言葉が出ないらしく、何度も、何度も、頷いた。
「よぉし、決まりだ!!」父さんが立ち上がった。「春はヤマト! 花見だ! 里帰りだ! カグラの育った山を見に行くぞ!!」
「あら、恥ずかしいわね」
「タエも行くかね」「膝が保つかねえ」「船なら座ってられるだろ!」「あんたたち、土産は忘れんじゃないよ!」
宴が、いちばん大きく沸いた。
私は、その騒ぎの真ん中で、なんだか胸がいっぱいになって、そっと席を立った。廊下の暗がりから、食堂を振り返る。灯りの中で、家族と、家族みたいな人たちが、笑っていた。壁には、木炭の「家族」が貼られていた。
「……リノさん?」
ノエルが、追いかけてきていた。
「どうしたんですか、こんな暗いところで」
「ん。……幸せすぎて、ちょっと怖くなった」
素直に言えたのは、暗がりだったからだと思う。ノエルは隣に並んで、食堂の灯りを一緒に見た。
「分かります。私、幸せになるたび、昔は思ってました。これは仮置きだ、いつか返すものだって。……でも、リノさん」
ノエルの手が、私の手を、きゅ、と握った。迷子防止、とは、もう言わなかった。
「返さなくていいんだそうです、これ。もらっていいんだそうです。——今日、皆さんの顔を見てて、決めました。私、春にヤマトで桜を見ます。リノさんの隣で見ます。《《これは予定です。願いじゃなくて、予定》》」
「……うん」
「はい」
食堂から、父さんの笑い声と、母さんの「あら、もう空?」が聞こえた。
《《この夜が、私たちの「いちばん幸せな夜」として、この先ずっと数え直されることになるなんて——知らないままでいられた、最後の夜だった。》》
(第三十三話・了)
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