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夜襲

リアムの忠告から、半月。


私たちは北へ進路を変え、人の少ない山道を選んで旅を続けていた。野営の見張りは二人組に増やし、焚き火は小さくした。それでも——来るときは、来た。


月のない夜だった。


見張りは私とノエル。異変に気づいたのは、音じゃなかった。《《音がなさすぎた》》のだ。夜の森には夜の音があるのに、南の斜面だけ、虫の音が、綺麗に死んでいた。


「ノエル。父さんたちを起こして。——《《静かに来てる》》」


矢を番えた、その時にはもう、木立の間に白がいた。


白装束が、六人。教会の回収班の色。でも、動きが違った。音もなく、速すぎて、そして——顔の下半分を、白い布で覆っていた。その布の下、喉のあたりに、それぞれ小さな黒い光沢が、糸で縫い留められているのが見えた。


石の、欠片。人に、装備させている。


「《《ノエル殿は、いただいていく》》」


先頭の白装束が、抑揚のない声で言った。交渉ではなかった。通告だった。


戦闘が、始まった。


*


白装束は、強かった。


人間の速さじゃない。父さんの盾を掠めて回り込み、母さんの崩しを受けても軋んだ音を立てて立ち直る。痛みが、鈍い。ガロやオルドほどじゃないが、確実に、常人の枠の外にいた。


「面倒ね。——《《本人の願いで動いてない》》わ、この人たち」


母さんの見立ては、戦いながらでも正確だった。ガロにもオルドにも「願い」の芯があった。この六人には、それがない。空っぽの器に、欠片の力だけを注いだ——道具にされた人間だ。


「なら、遠慮は要らんなあ!!」


父さんの盾が、一人目を吹き飛ばした。母さんが二人目と三人目を地面に縫い、私の矢が四人目の喉の欠片を弾き飛ばす。欠片が外れた白装束は、糸の切れた人形のように、その場に崩れた。……やっぱり、これが急所だ。


でも、六人は多かった。


乱戦の中、五人目が、するりと抜けた。まっすぐ、ノエルへ。


「ノエル!!」


私の矢は間に合う——間に合ったはずだった。でも、射線に父さんと白装束がもつれ込んで、《《射線が、消えた》》。


ノエルは、逃げなかった。逃げる代わりに、両手を組んだ。


白装束が手を伸ばす。その指先が、ノエルの肩に触れる寸前——ノエルの体が、淡い光の膜に包まれた。祈りの光。触れた白装束の指から、じゅ、と焼けた音がして、喉の欠片が、悲鳴を上げた。


「〜〜〜っ、触っちゃ、だめです!!」


弾かれた五人目に、追いついた母さんの掌底が落ちた。残る一人は、形勢を見て、闇に溶けるように退いた。


——六人目が消えた方角を、私は矢を番えたまま、長いこと見ていた。追わなかった。あれはたぶん、報告に帰るのだ。誰かの元に。


*


戦いが終わって、焚き火を大きくして、ノエルは、震える手で白湯を持っていた。


「あの、皆さん。……約束、守ります」


「ん?」


「《《声が聞こえたら、その場で言うこと》》。……聞こえました。さっき、あの人の指が、触れそうになったとき」


ノエルは、白湯を置いて、自分の両肩を抱いた。


「欠片が、言ったんです。私にだけ聞こえる声で。——『逃げなくていい』って。『望みを言え』って。それで、それで……」


言葉が、詰まる。母さんが、静かに促した。


「大丈夫。最後まで」


「……『《《自由が欲しいか。あの子が、欲しいんだろう》》』って」


焚き火が、ぱち、と爆ぜた。


あの子。誰のことか、聞くまでもなかった。ノエルは真っ赤になって、でも、目は逸らさずに、続けた。


「悔しいのは、その……ぜんぶ、当たってたことです。私、自由が欲しいです。それに、その、リノさんのことも……〜〜〜っ、と、とにかく! 当たってました! 図星でした!」


「ノエル、無理に言わなくても」


「言います! 隠したら、あれの思う壺だから!」


ノエルは、白湯を一気に飲み干して、宣言した。


「でも、私、断りました。祈って、断りました。——だって、あの声の言う『あげる』は、《《くれるんじゃなくて、取り上げる》》ことだって、もう三回も見ました。ガロさんからも、オルド様からも、ラウル司祭からも。……私の欲しいものは、あんな声に出せるほど、安くないです!」


母さんが、ふ、と笑った。心底、嬉しそうな顔だった。


「——満点よ、ノエル」


父さんは無言で、ノエルの頭に大きな手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でた。それから同じ手で私の頭も撫でた。順番の意味は、よく分からなかったけど、悪い気はしなかった。


「……ときに、あなた」と、母さんが父さんを見た。「あの白装束、教会の色だったわね」


「ああ。回収班の装束の、《《着崩し》》だ。正規品を知ってる者の仕業だな」


「石の欠片を、人に装備させる技術。石を『観察』する手続きの遅延。そして、ノエルを『いただいていく』と言える立場の、誰か」


母さんは、火を見つめた。


「絵図の線が、ぜんぶ、同じ場所に向かってるわ。——《《王都の、大聖堂》》」


(第三十一話・了)

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