間章・祈りの年数
わたくしは、七歳のときから、毎夜祈っている。
孤児院の冷たい床で覚えた祈りを、五十年。下働きの納屋で、神学校の寮で、司祭館で、司教座で、そして今は、大聖堂の禁書庫の前で。一夜も、欠かしたことはない。
神よ。あなたの声を、お聞かせください。
——五十年。答えは、一度もない。
誤解のなきよう。わたくしは、それを恨んではおりませぬ。神の沈黙もまた、御心。凡なる器に声が注がれぬのは、道理でありましょう。わたくしは凡才です。それは、七歳の冬に、もう知っていた。
同じ孤児院に、天与の子がいたのです。わたくしが三年かけて覚えた聖句を、三日で歌いこなす子が。皆に愛される子が。わたくしは彼を妬まず、彼のために祈りました。祈りとは、そういうものです。妬みを祈りに変える術を、わたくしは誰よりも早く覚えた。
それから五十年、何度も、何度も、覚え直した。
才ある後輩のために、祈りました。わたくしを追い越していく者たちのために、祈りました。彼らが躓くたび——ああ、いいえ。躓かぬように、祈りました。ええ、そうです。そのように、祈って、きたのです。
*
三年前の夜、禁書庫の函が、脈を打ちました。
報告はしておりませぬ。なぜなら、あれは……ああ、なんと申しますか。あの夜以来、祈りの後に、耳の奥が、ほのかに温かいのです。五十年、冷えたままだった場所が。
声、というほどのものでは、ありませぬ。まだ。
ただ、問われている気配だけが、あるのです。——《《おまえは、何が欲しい》》と。
畏れながら、わたくしは答えを持ちませぬ。欲は、とうに祈りに変えました。地位は結果として賜っただけのもの。財は孤児らのもの。わたくしが欲しいものなど、あるはずが……。
……いえ。
正直に、記しましょう。神の御前に、偽りは申せませぬ。
わたくしは、《《選ばれたかった》》。
一度でいい。才でも、生まれでも、運でもよい。天の指が、わたくしを指す瞬間が、欲しかった。五十年の祈りは、敬虔ではない。あれは——長い長い、順番待ちなのです。
*
さて。今日は、興味深い報告書を読みました。
回収班の記録です。この四年で三件、同一人物に関する特異記録。東部廃鉱、赤犬盗賊団、辺境騎士オルド殿の件。いずれの現場にも居合わせた、一人の娘。
——《《いかなる距離でも、いかなる状況でも、「声」を聞かない娘》》。
ありえぬことです。あれの声は、渇望ある者すべてに届く。届かぬ魂など、教理の上では存在しない。人は皆、欠けた器なのですから。
娘の名は、リノ。冒険者。「熊と花と矢と光」——ああ、そういえば、先日の祭りで会うた一行ですな。ノエルの、新しい家族。
ノエル。
あの子の光は、良い。実に、良い。あの光があれば、封印の間の「調べ」が、進みましょう。長らく途絶えていた、大切な、大切な研究が。……ええ、これは研究なのです。教会のための。世界のための。あれを正しく理解し、正しく御することは、五十年祈った者の、務めなのです。
務めを果たした者は。
——選ばれるでしょうか。
耳の奥が、今夜は、いつになく温かい。
祈りましょう。娘たちのために。旅の無事のために。いずれ来たる、再会のために。わたくしは善き司牧者として、あの子らを——ああ、この言葉は、なんと祈りに似ていることか。
《《欲しい》》。
(第二十六話・了)
ここまで読んでくださりありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!
毎日二話更新の集中連載!




