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家族の記念日

「よし! 決めたぞ!」


ある朝、父さんが唐突に宣言した。この人の「決めたぞ」は、だいたい碌なことがない。パーティ名が三回変わったのも、ぜんぶこの「決めたぞ」だった。


「今日から毎年、この日を《《ノエルの記念日》》とする!!」


「……なんの日ですか、それ」


「ノエルがうちに来た日だ! 二年前の今日だろうが!」


ノエルが、きょとんとした。それから慌てて指を折り、日付を数えて、目を丸くした。


「ほ、本当だ……よく覚えてますね、そんな日」


「当たり前だろうが!! 娘が増えた日だぞ!!」


言った父さん本人が真っ先に泣き始めたので、記念日の宣言は一時中断された。うちの父は宣言と号泣を同時にできない。


*


ことの発端は、前の晩にあった。


宿の帳場で誕生日の話になったとき、ノエルがなんでもないことみたいに言ったのだ。——「私、誕生日、ないんです」と。


孤児院の門の前に置かれていたのが、冬の朝。それが何月何日だったか、記録はなく、教会は「拾われた日」を書類上の誕生日にした。でも孤児院では、その日を祝う習慣はなかった。祝う手が、足りなかったから。


「だから、その、羨ましかったんです。リノさんの誕生日が、登録日で、家族の記念日で……一日にお祝いが二重になってるの」


笑いながら言うその話を、父さんは黙って聞いていた。黙って聞いて、黙って寝て、翌朝「決めたぞ!!」になったのである。分かりやすさにも、ほどがある。


*


記念日の宴は、カルナの定宿でやることになった。


なにせ父さんが本気を出した。市場を三往復し、厨房を借り切り、灰熊亭フルコースを組んだ。ニナさんが仕事上がりに呼ばれ、ちょうど街にいたドルグさんが酒樽を抱えて現れ、産婆のおばちゃんの隊商まで「祝い酒だね!」と合流した。恒例である。


「しっかしよう」と、ドルグさんが早くも赤い顔で言った。「あれから二年か。手配だ何だと追われてた嬢ちゃんが、今じゃB級のヒーラー様たあな」


「ドルグさんに止めてもらった荷台から、始まりましたからね」


「がっはっは! 俺は『熊と花と矢と光』の恩人ってわけよ!」


「指示はリノちゃんだったけどね」と、ニナさんが訂正を入れた。この二人の様式美も、もう四年になる。


宴もたけなわの頃、父さんが立ち上がった。杯を掲げて、咳払いをひとつ。嫌な予感——ではなく、今日は、いい予感がした。


「えー、諸君! 本日は、うちの二人目の娘の記念日である!」


「「「おおー!」」」


「思えば二年前! 街道の隅で腹の虫を盛大に鳴らしていた嬢ちゃんが!」


「そ、その話はいいじゃないですか!?」


「今や立派な、うちの、その、なんだ……」


そこで父さんの言葉が、詰まった。目が、もう潤んでいる。早い。乾杯までもってくれ。


「……うちの、自慢の……」


「お父さん、頑張って」と母さん。


「〜〜〜っ、《《うちの自慢の娘だああああ!!》》 乾杯!!!」


「「「乾杯!!!」」」


拍手と、笑い声と、ジョッキのぶつかる音。ノエルは、真っ赤になって、うつむいて——それから、すっと立ち上がった。


「あ、あの!!」


宴が、静まった。


ノエルは、両手をぎゅっと握って、息を吸った。顔には、ぜんぶ書いてあった。言うぞ、言うぞ、と書いてあった。


「私、誕生日がなくて。祝われる日って、自分の日って、ずっと、なくて。……教会では、私は『授かりもの』で、『財産』で、いつか、どこかに納められるものでした」


しん、とした宴の中で、ノエルの声だけが通った。


「でも、ここでは、私……娘で、仲間で、財布係で、値切り担当で。呼ばれ方が、どんどん増えて。今日、記念日までもらって。だから、あの、私——」


ノエルは、顔を上げた。


「言っても、いいですか。ずっと、言いたかったこと」


「おう」と、父さんが言った。


「ええ」と、母さんが言った。


ノエルは私を見た。私は、頷いた。


「——私の《《家族》》です。ここが。皆さんが。……私の、家族です!」


二年前、「パーティの名前」としか言えなかった子が、宴のど真ん中で、いちばん大きな声でそう言った。


父さんの号泣で床が揺れ、母さんが目元を一度だけ指で押さえ、ニナさんが「もらい泣きさせないでよ」と悪態をつき、ドルグさんとおばちゃんはただ盛大に杯を干した。


私はといえば。


——いつか自分から言える日が来るといいな。


二年前のあの夜の願いが、いま叶ったのを、胸の奥で、そっと数えていた。矢の飛んだ先に、心を置くみたいに。


「リノさん」


隣に来たノエルが、小声で言った。耳まで赤いままだった。


「家族って、言っちゃいました」


「聞いてた。……いい『離れ』だった」


「ゆ、弓で例えないでください。……でも、えへへ」


宴は、夜遅くまで続いた。


この夜のことも、私は生涯、忘れない。《《全員が揃って笑っている夜を、あと何回数えられるのか——そんなことは、考えもしなかった頃の、いちばん無防備な幸福として。》》


(第二十三話・了)

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