表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/46

堕ちた騎士(後編)

戦いは、問答無用で始まった。


老骨のはずの踏み込みが、地を割った。父さんの大盾が受けて、鐘の音——が、鳴り止まない。二撃、三撃、四撃。オルドの剣は、王国流の正しい型のまま、人間の連射速度を超えていた。


「ぬ、う……! 型が、崩れんぞこの爺さん……!」


そこが、ガロと違った。


ガロは石に振り回される獣だった。オルドは違う。五十年の修練が、石の力で回っている。正しく、強く、疲れを知らず。最悪の組み合わせだった。


「母さん! 弟子の人たちを!」


「任せて」


母さんが館の中庭へ走る。ノエルが続く。閉じ込められた「弟子」たちは、生きていた——痩せて、目が虚ろで、けれど生きていた。ノエルの光が、次々と彼らを包んでいく。


そして私は、稜線ならぬ館の屋根に上がって、弓を引いた。


狙いは、決まっている。胸元の石。ガロのときと、同じ的。


——世界から、音が引いていく。


会。


——離れ。


弦音。矢は、まっすぐ飛んで、胸元の黒い石の、真ん中に立った。


《《立った、だけだった》》。


「……嘘でしょ」


石は、割れも、剥がれもしなかった。矢を生やしたまま、オルドは私を見上げて、聖人の微笑みのままで言った。


「良い腕だ。……だが、遅い。これはもう、《《わしの骨と同じ》》よ」


半年のガロと、春からのオルド。同じはずの時間で、埋まり方が違う。……そうか。自分から望んで受け入れた石は、深く根を張るのか。


剥がせない。剥がせば、たぶん、骨ごと砕ける。


——《《殺さずに止める手》》が、消えた。


*


戦況を変えたのは、ノエルだった。


弟子たちを癒し終えた彼女が、中庭から、まっすぐ戦いの間合いへ歩いてきたのだ。杖も構えず、両手を開いて。


「ノエル!? 下がって——」


「オルド様!!」


戦場に、場違いなほどまっすぐな声が通った。


「弟子の皆さん、全員、無事です! 傷も、治しました! ——《《あなたが十年守った村は、今日も誰も死んでいません!》》」


オルドの剣が、止まった。


「あなたはもう、守ってます! 十年、ずっと、守り切ってます! 足りないなんて、誰も言ってません! 言っているのは——《《その石だけです!!》》」


ノエルの両手から、光が溢れた。攻撃じゃない。治癒ですらない。ただの、祈りの光。それがオルドの体を、ふわりと包んだ。


——じゅ、と。


胸元の石が、焼けた音を立てた。


オルドの動きが、初めて乱れた。剣を取り落とし、膝をつき、両手で頭を抱える。石が軋む。黒い光沢の端が、白く、濁り始める。


「や、やめ……ろ……わしは、まだ、足りて……」


「足りてます!!」


「まだ、守り切れて……」


「《《守り切ってるって言ってるでしょう!!》》」


老騎士の顔が、上がった。


濁った目が、一瞬だけ、晴れていた。彼は自分の胸の石を見下ろし、私の矢が生やしたそれを見て——笑った。今度のは、聖人の顔じゃなかった。ただの、疲れた爺さんの顔だった。


「……ああ。……なんだ。そう、だったか」


オルドは、自分の胸に、両手をかけた。


「だめ!! それは——」


「良いのだ、嬢ちゃんら」


めり、と嫌な音がした。


「これはわしが、《《自分で拾った》》。……なら、自分で、捨てねばなあ」


骨の砕ける音と一緒に、黒く濁った石が、地面に転がった。オルドは、崩れるように仰向けに倒れて、灰色の空を見た。私たちが駆け寄ると、老騎士は掠れた声で、ぽつぽつと話した。二十年前、騎士団で、守り損なった隊商の話。逃げ遅れた子供の、手の温度の話。


「守りたかった……だけ、なんだがなあ。それが、いつから、こんな……」


最期の言葉は、聞かなくても分かった。


「——《《もっと、欲しかった、だけだ》》」


村の人たちは、オルドを丘の上に葬った。墓標には、村長の字でこう刻まれた。「十年、村を守りし騎士、ここに眠る」。石のことは、誰も、刻まなかった。


*


教会の回収班が来て、いつもの質問をして、いつもの帳面を付けた。


声を聞いたか。父さん、母さん、ノエル、はい。私——


「聞こえませんでした」


三件目の記録。神官はもう、聞き返さなかった。ただ、私の名前を書く手が、少しだけ震えていた。それが何を意味するのか、このときの私は、深く考えなかった。


帰り道の野営で、父さんはいつもより長く、鍋を掻き回していた。


「……ゴードンの兄貴もよ。ああやって、最後の最後、ちょっとだけ戻ったんだ。俺とカグラの顔を見て、『すまん』って笑って……それから、また石に呑まれた。今日の爺さんは、戻ったまま、逝けた」


父さんは、洟をすすった。


「あれはよ、リノ、ノエル。……《《救いなのか?》》 俺には、まだ分からん」


誰も答えられない問いを、焚き火が、ぱちぱちと聞いていた。


ノエルが、そっと言った。


「……分かりませんけど。最後に呼び戻せるものが、あの人の中に残ってたのは、確かです。十年ぶんの、守った日々が」


「……そうか。そうだな」


「はい。だから——」


ノエルは、膝の上で、拳を握った。


「私、もっと知りたいです。あの石のこと。囁きのこと。……治せない穴のこと。知らないままじゃ、また、間に合わない」


その願いが、どんな扉を開けることになるのか。


——このときは、まだ、誰も知らなかった。


(第二十一話・了)

ここまで読んでくださりありがとうございます!

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!


毎日二話更新の集中連載!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ