おそろい
麓の街の市は、思ったより大きかった。
織物、香辛料、飴細工、旅道具。通りの両側にぎっしり並んだ露店の間を、私とノエルは、革袋ひとつを持って歩いた。母さんの差し金だということは、二人とも分かっていた。分かっていて、乗ることにした。湯上がりの人間は無敵で、市に来た人間は素直になるのだ。
「リノさんリノさん、飴が! 鳥の形してます!」
「ほんとだ。……買う?」
「い、いえ! 飴に銅貨二枚は贅沢です!」
「じゃあ半分こにしよう。一枚ずつ」
「〜〜っ、それなら、経済的です……!」
鳥の飴を半分こして、私たちは市を回った。ノエルは相変わらず、すべての値札を即座に暗算して、すべての売り口上の矛盾を見抜いた。「この毛皮、北物って言ってますけど、縫い目が南の針です」と小声で教えてくれる買い物の用心棒。教会は惜しい人材を逃したと思う。
途中、広場の大道芸を見た。ナイフ投げのお兄さんが的を三回外して、ノエルがはらはらして、四回目が当たったら自分のことみたいに拍手した。
「リノさんなら、目隠しでも当てますよね」
「当てない。私、芸はやらないの」
「どうしてですか?」
「……的に、失礼だから」
我ながら理屈になっていない理屈だったけど、ノエルは「リノさんらしいです」と笑った。らしい、で通じるようになったのが、少し、嬉しかった。
*
事件は、昼過ぎに起きた。
「あっ、私、ちょっとあっちの……や、薬草! 薬草を見てきます!」
「じゃあ私も」
「《《一人で!》》 一人で見たいんです、薬草を!」
ノエルは真っ赤になって、人混みに消えた。……薬草を一人で見たい人間はいない。それに、この子は顔に全部書いてある。あれは、何かを企んでいる顔だった。
——まあ、実を言うと。
私も、企んでいたのだけど。
私が向かったのは、細工物の露店だった。目当ては、来る途中で見つけてあった。白い羽根を象嵌した、小さな髪飾り。矢羽根の形をしている。職人のおじさん曰く、旅の護符を兼ねた細工で、ヤマトのほうでは「羽根は、まっすぐ飛ぶ願かけ」なのだという。
亜麻色の髪に、白い矢羽根。……うん。似合う。断言できる。
「おじさん、これください」
「まいど。銀貨一枚と銅貨五枚ね」
高い。正直、高い。ノエルがいたら「相場は銀貨一枚です」と即座に言うところだ。でも、今日の私は値切らなかった。誰かへの贈り物を値切るのは、なんだか、願かけが薄まる気がしたのだ。
*
夕方、待ち合わせの噴水前で、私たちはお互い、後ろ手に包みを隠して再会した。
「「あの」」
声が重なった。ゆずり合って、また重なって、結局、同時に包みを差し出した。
「こ、これ! いつも守ってもらってるので! お礼と、その、願かけです!」
ノエルの包みの中身は、小さなお守りだった。教会で使う聖布の端切れを、丁寧に縫い合わせた手作りの袋。中に、乾いた花弁と、祈りの文句を書いた紙片が入っているという。
「教会の正式なお守りは、買うと高いんです。でも、作り方は知ってるので……材料費、銅貨三枚です! 手間は無料です!」
「値段を言う人がある?」
「ふふ、癖で……あ」
そして私の包みを開けたノエルは、白い矢羽根の髪飾りを見て、固まった。
「これ……」
「矢羽根。ヤマトの願かけらしいよ。——《《まっすぐ飛ぶ》》ように、って」
つけてあげる、と手を伸ばすと、ノエルは大人しく頭を差し出した。亜麻色の髪の、耳の上。白い羽根は、思った通り、あつらえたみたいに似合った。
「……に、似合いますか」
「うん。断言できる」
「〜〜〜っ」
ノエルは両手で頬を押さえて、それからその両手が、いつもの祈りの形に組み上がっていくのを、私は見守った。今日の報告は長そうだった。
私はもらったお守りを、その場で矢筒の内側に、革紐でしっかり結びつけた。矢と一緒なら、なくさない。私の商売道具のいちばん深いところに、この子の祈りがいる。……うん。悪くない。悪くないどころではない。
「あの、リノさん。それ、ずっと入れておいてくれますか」
「ずっと入れておく」
「……えへへ」
帰り道、夕陽の街道を並んで歩きながら、ノエルの手と私の手が、二回ぶつかって、三回目に、どちらからともなく、指が絡んだ。
「ま、迷子防止です!」
「うん、迷子防止」
十六歳の迷子防止である。誰も信じない。でも、手はつないだままだった。
宿に戻ると、母さんが一目で全部を見て、実にいい笑顔で言った。
「あら。——《《おそろい》》ね」
(第十九話・了)
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