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赤犬のガロ(前編)

ゼルテン村の依頼を納めた足で、私たちは南の支部に寄った。そこに、指名依頼が来ていた。


「赤犬盗賊団、討伐。賞金首よ」


受付の職員さん(残念ながらニナさんではない)が、手配書を広げた。頭目の似顔絵は、頬に古傷のある、意外なほど気のいい顔をした中年の男だった。


「頭目は『赤犬のガロ』。元は殺しをしない主義の、まあ、盗賊なりに評判のある男だったんだけど……この半年で人が変わった。隊商三件、村ひとつ。人質が、二人帰ってきてない。B級以上のパーティに討伐要請が出てる」


「引き受けた」


父さんの返事は、早かった。手配書のガロの顔を、じっと見たままだった。


*


聞き込みは、投降した元手下から始まった。


宿場の牢で会ったその若い男は、頬がこけて、目の下に隈が刻まれていた。盗賊が牢の中でほっとした顔をしているのを、私は初めて見た。


「あんたら、お頭を追うのか。……なら、教えとく。あれはもう、俺の知ってるお頭じゃねえ」


男の話は、こうだった。


赤犬盗賊団は、食い詰め者の寄り合いだった。ガロは手下に飯を食わせるためだけに頭目をやっているような男で、「殺すな、皆殺しにされるからな」が口癖の、悪党のくせに算盤の合う親分だった。


変わったのは、半年前。


「古戦場の廃祠(はいほこら)でね、雨宿りをしたんだ。そこでお頭が……拾っちまった。《《黒い石》》を」


私の隣で、父さんと母さんの気配が、同時に変わった。


「最初は、景気のいい話だったんだ。お頭は妙に冴えて、狩りは百発百中、実入りは倍になった。けど……お頭、寝なくなった。食わなくなった。夜中に石と話すようになった。『足りねえ』って。実入りが倍なのに、『ぜんぜん足りねえ』って」


止めようとした副頭目が、どうなったか。男はそこだけ、言葉にしなかった。できなかった、のだと思う。


「なあ、頼むよ。お頭を……いや」


男は、格子を握って、頭を下げた。


「《《お頭だったものを》》、止めてやってくれ」


*


宿に戻ると、家族会議になった。


議題は、言うまでもない。あの石だ。四年前の廃鉱の、光を吸う黒。教会が鉛の函で運んでいった、あれ。


「リノ、ノエル。……今回は、俺とカグラだけで行く」


父さんが、そう切り出すのは分かっていた。だから私も、返事を用意してあった。


「反対。理由は三つ」


指を折る。


「一つ。頭目は手下を三十人抱えてる。人質もいる。二人じゃ手が足りない。二つ。怪我人が出る依頼だよ。人質も、手下も、たぶん私たちも。ヒーラーを置いていくのは、判断として下の下」


「……三つ目は」


「あの石の囁きは——《《私には、効かない》》」


父さんが、詰まった。


四年前、両親に聞こえた声は、私には聞こえなかった。教会の神官が三回聞き返した、あの空白。気味が悪いだけだった私の「聞こえなさ」は、でも、こと今回に限っては——最強の耐性だ。


「囁きが効かない射手が、いちばん遠くから頭目を狙う。これ以上ない配置だと思うけど」


「〜〜〜、ぐ、ぬ……」


父さんは唸って、髭を掻きむしって、最後に母さんを見た。母さんは杯を置いて、短く言った。


「正論よ、あなた」


「ぐぬぬ……!」


「ただし」母さんの目が、すっと私とノエルに向いた。温度が、一段下がった。「二人とも、約束なさい。声が聞こえたら、内容が何であれ、《《その場で言うこと》》。あれは、隠した心の中で育つ。……いいわね」


「はい」


「は、はい!」


かくして、四人での出撃が決まった。ちなみにその夜、父さんは私とノエルの寝袋の位置を焚き火のいちばん近くに寄せ、自分は入り口側で寝た。分かりやすい人である。


*


赤犬盗賊団のアジトは、涸れ谷の古い砦跡だった。


夜。偵察は私と母さんの担当。岩場を這って、砦を見下ろせる稜線に着く。


見張りは四人——動きが緩い。篝火の周りの手下たちも、どこか怯えた背中をしている。人質は東の小屋。無事だ、飯も運ばれてる。よし。


そして、砦の中庭に。


——いた。


手配書より、二回り痩せた男。頬の古傷。赤犬のガロ。


彼は篝火から離れた暗がりに独り座って、手の中の何かに、話しかけていた。夜風が、切れ切れに声を運んでくる。


「……足りねえんだ。なあ。倍にしたろ。言う通りにしたろ。なのに、なんでまだ、こんなに——《《腹の底が、空っぽなんだ》》」


手の中で、黒いものが、篝火の光を吸っていた。


「なあ。教えてくれよ。俺はあと、何を寄越せば——」


そのとき。


隣の母さんが、息を、呑んだ。


見ると、稜線の岩に伏せたまま、母さんの目が、かすかに見開かれていた。戦場でも変わらないはずのこの人の顔が、強張っていた。


「母さん……?」


「……リノ。今、聞こえた?」


「何も」


夜風の音。篝火の爆ぜる遠い音。それだけだ。


「……そう。あなたには、聞こえないのね」


母さんは短くそう言って、砦の暗がりを見据えた。


「——《《石が、あの男に、返事をしたわ》》」


(第十六話・了)

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