熊と花と矢と光
あの約束の夜から、二年が経った。
私とノエルは十六歳になり、個人の等級はそろってB級に上がった。パーティ「熊と花と矢と光」は、両親の代から続くA級のまま——つまり、娘二人が早く追いつきたい壁である。
ちなみにうちのパーティ名、妙な形で有名になっていた。——「《《加入のたびに、名前がひとつ増えるパーティ》》」として、である。熊と花に、矢が足され、光が足された。おかげで酒場では「次は何が増えるか」が賭けの種になっているらしい。……次って、何。
「はいはい、お久しぶり。『増える名前』の皆さんね。——言っとくけど、次に増えたら、登録簿を書き直すのは私なんだからね」
「またニナさん!?」
「異動よ!! 文句はギルド本部に言って!!」
三度目の再会である。もはや運命では?
「運命なら昇給がほしいわね。……はい、これ。B級指名依頼」
差し出された依頼書には、こうあった。——北の山村ゼルテン。「山裂き」と呼ばれる大熊の魔物が、猟師小屋を二軒潰した。冬眠明けで気が立っている上に、体高は普通の熊の倍。討伐等級、B。
「大熊かあ」と、後ろで父さんが嬉しそうに笑った。「がはは、親戚だな!」
「誰が親戚だ」と返す間もなく、母さんが横からのんびり言った。
「あら。灰熊対山裂き。……興行なら、お金が取れるわね」
*
ゼルテン村への道中は、いつも通りだった。
いつも通り、というのがどういうことかというと——まず、宿の交渉はノエルの仕事である。
「お部屋二つで銀貨六枚? ……ご主人、裏の薪割り、溜まってますよね。うちの父が半刻で片します。それと明朝、村の方の古傷や腰痛、私がまとめて診ます。——で、四枚でどうでしょう」
「……嬢ちゃん、あんた商人になりな」
「ヒーラーです!」
この二年で、ノエルの値切りは芸から武器になった。教会仕込みの丁寧さで、断りにくい親切をきっちり乗せてくる。うちの家計は彼女が握ってから、露骨に潤った。
それから、依頼のあとの「恒例行事」も、いつも通りだった。
「本日の祝福を執り行います。リノさん、前へ」
「……はい」
頬に、ふれるだけの口づけ。二年間、依頼を納めるたびに続いてきた、教会流の正式なお礼。回数にしたら、もう百回は超えている。
超えているのに。
「〜〜〜っ」
「ノエル、まだ湯気出るんだ……」
「な、慣れたら終わりな気がするんです!!」
何が終わるんだろう。聞きたいような、聞いてはいけないような。ちなみに私も、百回を超えた今なお、毎回きっちり心臓が跳ねる。跳ねるが、顔には出さない。出ていないはずだ。……母さん、その目は何。
*
「山裂き」は、噂より二回り大きかった。
岩場の巣穴から現れたそれは、立ち上がると小屋の屋根より高く、前脚の一薙ぎで若木がまとめて折れた。冬眠明けの飢えと、魔物特有の濁った眼。厄介なのは、痛みで止まらないことだ。
「配置!」
私の号令で、四人が散る。この二年で、うちの型には四つ目の部品が加わった。
「ノエル!」
「はいっ! ——主の御名において、《《盾に山の重みを、拳に朝の速さを、矢に迷いなき道を》》!」
詠唱と共に、光が三人に降りる。付与魔法。父さんの盾が淡く輝き、母さんの足元が風を纏い、私の矢筒がすっと軽くなる。
この光を纏ったときの安心感は、ちょっと言葉にできない。世界で一番心強い「大丈夫」を、背中に貼ってもらうのに似ている。
「一番槍ぁ!!」
父さんと大熊が、正面からぶつかった。轟音。土煙。体重で言えば向こうが三倍はある。なのに、光を纏った大盾は、半歩も引かなかった。
「がはは……! 効くなあ、うちの娘の光は!!」
「喋ってないで受けてください!!」
大熊の第二撃、第三撃。三撃目で父さんの受けがわずかに軋み、爪の先が肩当てを掠めた。血がにじむ——瞬間、もう光が飛んでいた。
「治癒完了! 続けて大丈夫です!!」
戦いながら治る前衛、というのは反則である。相手からすれば、削っても削っても減らない壁だ。大熊が苛立って大きく振りかぶった、その懐へ——
「あら、隙」
母さんが、するりと潜り込んだ。風を纏った掌が、大熊の軸足の膝裏を、とん、と押す。たったそれだけで、三倍の体重が、ぐらりと傾いだ。
巨体が泳ぐ。首が上がる。喉の白い毛が、夕陽に晒される。
——世界から、音が引いていく。
轟音も、土煙も、潮のように引いて、あとには弓と、矢と、白い喉だけが残る。
会。
『欲を手放した射だけが、まっすぐ飛ぶ』
——離れ。
弦音一つ。「山裂き」は、山を裂く前に、静かになった。
残心。三つ数えて、弓を下ろす。使った矢は、一本。
止める。崩す。射る。——そして、その全部を、光が支える。
「熊と花と矢と光」の完成形は、我ながら、ちょっと綺麗すぎる機械のようだった。
*
その夜のゼルテン村は、熊鍋と祝い酒で大騒ぎだった(熊鍋の調理担当が灰熊なのは、村人には内緒だ)。
宴の隅で、猟師の親方が、酔いに任せてこんな話をした。
「あんたらB級なら、次はあれかい。ほれ、南の街道の——《《赤犬盗賊団》》」
「盗賊団?」
「ここ半年で急に荒れだした連中さ。元はケチな追い剥ぎでな、隊商の荷を抜くだけの小物だった。人殺しはしない主義の、まあ、盗賊なりに義理のある頭目でよ」
親方は杯を呷って、声を落とした。
「それがよ。この春から、《《別人みたいになった》》んだと。生かして返してた人質を、返さなくなった。仲間が止めたら、その仲間を……なあ。捕まった手下が言うには、頭目は最近、こう呟くんだとよ」
——もっとだ。
——もっと、足りねえ。
「……気味の悪い話だろ? へへ、酒の肴にゃ、ちと苦いか」
宴の喧騒が、急に遠くなった気がした。
もっと。足りない。
私の頭の隅で、四年前の暗い坑道が、ちらりと明滅した。光を吸う黒。両親の強張った顔。——考えすぎだ、と自分に言い聞かせる。世の中に、欲深い盗賊なんて掃いて捨てるほどいる。
……考えすぎで、あってほしい。
(第十五話・了)
ここまで読んでくださりありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!
毎日二話更新の集中連載!




