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教会流の祝福

教会流の、正式なやつ。


その正体が分からないまま、私は一晩を過ごし、朝を迎えた。


候補は三つまで絞ってある。一、長い祈祷(正座で聞くやつ)。二、聖歌の独唱(反応に困るやつ)。三、寄進(あの財布事情で? 断固阻止)。どれが来ても大丈夫なように、私は心の準備をして——結論から言うと、ぜんぶ外れた。私の読みは百発百中のはずなのだが、どうもノエルに関しては、当たった試しがない。


その日の依頼は、薬草の群生地までの半日護衛だった。平和なものだ。途中ではぐれ狼が一匹出て、私が矢の風切りだけで追い払った。


「……守られポイント、また増えました」


「なにそれ」


「こっちの話です!」


ノエルは指を折って何かを数えていた。数えながら、決意を固める顔をしていた。


*


夕方。依頼を無事に納めて、野営の焚き火が落ち着いた頃。


ノエルが、すっと立ち上がった。


いつの間にか、身なりが整えられていた。旅装の埃が払われ、髪が結い直され、教会にいた頃のものだという白い肩掛けが、きちんと掛かっている。焚き火を挟んで、ノエルは私の正面に立った。


「リノさん。——お礼の儀を、始めます」


「は、はい」


背筋が伸びた。父さんが鍋の手を止め、母さんが杯を置いた。観客は着席済み、逃げ場なし。


「教会には、恩人に贈る正式な礼があります。戦地へ発つ騎士に、司祭さまが。旅立つ子に、母親が。……大切な人の無事を願って贈る、いちばん丁寧な祝福です」


ノエルは、祈りの形に両手を組んだ。今度は無意識じゃない。ちゃんと、意識した祈りだった。


「馬車から救ってくれた、あの日の一矢に。ゴブリンから救ってくれた、あの日の一矢に。行くあてのない私に、行く先をくれたこの旅に。——主の御名において、あなたの旅路に、光のあらんことを」


綺麗な祈りだな、と思った。思った、次の瞬間だった。


ノエルが一歩、距離を詰めて。


私の頬に。


——やわらかいものが、ふれて、離れた。


「……………………」


「……これが、教会流の祝福です」


時間が、止まっていた。


会の中でも、時間はこんなに止まらない。世界から音が引くのは弓を構えたときだけの現象だったはずなのに、今、焚き火の音も、風の音も、何も聞こえない。頬の一点だけが、燃えるように熱かった。


「〜〜〜〜っ」


先に湯気を吹いたのは、術者の方だった。


ノエルは自分のしたことの実感が三秒遅れで来たらしく、真っ赤になって両手をぱたぱた振り回した。


「いっ、今のは宗教行為です!! 正式な!! 教会の!! 儀式でして!!」


「う、うん」


「他意はないんです!! いえ、感謝の意はあります!! 意はありますが、その、他意は……あれ、他意ってなんでしたっけ!?」


「お、落ち着いて」


「落ち着いてます!! 見れば分かるでしょう!!」


見れば分かる。落ち着いていないことが。何しろこの子は、顔に全部書いてあるのだ。


そして観客席では、父さんが音もなく滝のように泣いており、母さんの杯には、いつの間にかなみなみと二杯目が注がれていた。


「あらあら」母さんは、実にいい笑顔だった。「いいものを見ながら飲むお酒は、進むわね」


「つまみにしないで!?」


*


「なあ、ノエル」と、泣き止んだ父さんが、おずおずと手を挙げた。


「その、祝福ってのはだな。……恩人に、贈るんだよな」


「はい!」


「俺は、その、毎日飯を作ってるんだが」


「……あっ」


かくして追加の儀が執り行われた。ノエルは父さんの頬に(身長差のため父さんが正座した)、母さんの頬に、順番に祝福を贈った。


——すまし顔で。


一切の湯気なしで。


「主の御名において、御二人の食卓と拳に、光のあらんことを」


「ううっ……娘の祝福……効くなあ……!」


「あら、ありがたい」


つつがなく終わった。つつがなく終わってしまった。焚き火がぱちりと爆ぜて、母さんの視線が、すす、と私に流れてきた。


「……ねえ、リノ。今の、見た?」


「な、なにが」


「私たちのときは、《《湯気が出ないのね》》」


「〜〜〜っ!?」


ノエルが挙動不審になり、私は私で顔が火照って、父さんだけが「みんな仲良しだなあ!」と的外れに嬉しそうだった。父さん、あなたの鈍感さが、今夜はちょっとありがたい。


*


その夜、寝袋に入っても、眠れなかった。


頬の一点が、まだ熱を持っている気がする。前世十七年、今世十四年、通算三十一年。祝福だろうが儀式だろうが宗教行為だろうが、ああいうのは、初めてだった。


「弓と結婚するんでしょ」と言ったクラスメイトへ。違ったかもしれません。


寝返りを打つ。焚き火の残り火の向こうで——翡翠色の目と、目が合った。


向こうも、眠れていなかったらしい。


二人同時に、ばっ、と目をつぶった。三秒後、どちらからともなく、薄目を開けた。また目が合った。もう誤魔化せなかった。


ノエルが、小さな声で言った。


「……眠れないなら。少しだけ、お話、しませんか」


(第十三話・了)

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