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顔に書いてある

ノエル加入後、最初の依頼は、南の湿地の村から来た。


「毒蛇型の魔物——沼大蛇(ヌマオロチ)の駆除。あと村に、噛まれた患者が三人。等級D、《《回復役必須》》」


ニナさんが依頼書を差し出しながら、にっと笑った。


「昨日までのあなたたちなら、受けられなかった依頼よ。……よかったわね、『光』が増えて」


*


湿地の村に着くと、まず患者だった。


噛まれて三日目の男の人は、腕が黒ずんで、熱でうわ言を言っていた。村の薬師が首を振る横で、ノエルは患部を一目見て、袖をまくった。


「——大丈夫。間に合います」


両手の間に、真昼の泉みたいに澄んだ光が生まれて、患部を包み、静かに脈打った。黒ずみが指先から順に色を取り戻し、熱が引き、うわ言が寝息に変わるまで——およそ、百数える間だった。


村の薬師が、腰を抜かした。


「こ、高位治癒……それも、詠唱なしで……あんた、何者だい」


「F級冒険者の、ヒーラーです!」


胸を張るノエル。タグを見せる角度まで完璧である。昨日もらったばかりのタグを。


三人目の患者を治し終える頃には、村人の見る目が「旅の小娘」から「光の御使い様」に変わっていた。御使い様は治療の後、報酬の上乗せを丁重に断り、代わりに「干し芋を三本」もらって満面の笑みだった。聖女の値段、干し芋三本。


*


さて、本命の沼大蛇である。


体長十メートル超、水中からの奇襲、牙の毒は即効性。厄介な相手を前に、問題がひとつあった。


「うちの型は、三人用なんだよね」


止める、崩す、射る。この回転に、回復役の立ち位置がまだない。ノエルは杖を握りしめて、青い顔で、それでも言った。


「あ、あの、私、どこに立てば」


「父さんの後ろ。世界でいちばん安全な場所だから」


「が、頑張ります!」


「頑張らなくていいの。倒すのは私たちの仕事。《《生かしておくのが、ノエルの仕事》》」


戦いは、泥まみれになった。


沼大蛇は水面下から父さんの盾を掠め、跳ねた泥が視界を潰し、毒牙が空を裂く。一度、父さんの籠手の縁を牙が擦った。肌に、赤い線。


「掠っただけだ、問題ね——」


「《《問題あります!!》》」


初陣の新人が、A級の大黒柱に怒鳴った。全員がちょっとびっくりした。ノエルは父さんの腕を掴むと、光で赤い線ごと包み、三秒で消した。


「毒蛇の傷に『掠っただけ』はないです! 次、隠したら怒りますからね!!」


「……お、おう」


灰熊が、素直に頷いた。母さんが横で、声を出さずに笑っていた。


——結末だけ言えば、水中の奇襲は母さんが水面の揺れで読み、引きずり出したところを父さんが止め、大口を開けた喉の奥に、私の矢が入った。使った矢は、二本。


そして戦いの間じゅう、ノエルは父さんの後ろから、一歩も逃げなかった。青い顔のまま、震える足のまま、全員の傷と毒を見張り続けた。


……うん。知ってた。この子の足は、そういう足だ。


*


野営の焚き火で、事件は起きた。


「リノさん」


湯を沸かしていると、ノエルが隣に正座した。


「今日、守ってくれて、ありがとうございました。その、蛇が跳ねたとき、私の前に立って——」


言いながら、ノエルの両手が、胸の前で、するすると組み上がっていった。


「……ノエル。また祈ってる」


「はっ!?」ノエルは自分の手を見下ろした。「〜〜っ、す、すみません! 癖なんです!」


「謝らなくていいけど。ずっと気になってたんだ。それ、どういう癖?」


ノエルは、観念したように白状した。


「孤児院の癖です。嬉しいことがあったら、ぜんぶ神様に報告しなさい、って教わって育ったので。……そのうち、教わらなくても、勝手に手が動くようになっちゃって。変ですよね、いちいち」


「変じゃないよ。……ちなみに、今は何を報告してたの?」


「今日、守ってもらえたことと、それから……こ、ここのご飯が、おいしいことです!」


後半、声が裏返った。


「ふうん?」


鍋を掻き回しながら、母さんが実に自然に参入してきた。嫌な予感がした。


「報告ついでに、ひとつ聞いていい? ノエル。——《《リノのこと、どう思う?》》」


「母さん!?」


「べっ……別に!? 命の恩人で、パーティの仲間で、それ以上のことは何も!?」


焚き火が、ぱち、と爆ぜた。


全員の視線が、ノエルに集まった。


目が、盛大に泳いでいた。声は裏返ったままだった。耳どころか、首まで赤かった。そして両手は——本人も気づかないうちに、胸の前で、固く固く、祈りの形に組まれていた。何をお願いしているんだ。


「あら」母さんが、にっこりした。「——《《顔に、全部書いてあるわ》》」


「〜〜〜〜っっ!!」


ノエルが顔を覆って丸くなり、父さんが「青春だなあ!」と泣き、私は私で、心臓がうるさくて湯の沸く音が聞こえなかった。


「ところで、リノは?」


「っ、な、なにが」


「ノエルのこと、どう思うの?」


「……仲間、だけど」


私は顔には出さない。前世から、会の顔は鍛えてある。誤魔化せた——はずだった。母さんは私を三秒ほど眺めて、それから実にあっさり言った。


「そう。……あなたも書いてあるわよ。《《耳に》》」


「っ!?」


反射的に耳を押さえた時点で、負けだった。焚き火の夜は、当分うるさかった。


*


寝る前、ノエルがもう一度、隣に来た。


「あの。……教会ではね、直されかけてたんです、これ」


「これ?」


「顔に出るのも、すぐ祈っちゃうのも。聖女様は静粛に、いつも同じ微笑みでいなさい、って。感情は、はしたないものだから、って」


ノエルは、膝を抱えて、焚き火を見た。


「でも、ここに来て三日で、いっぱい顔に出ました。泣いたし、笑ったし、さっきは……その、茹だったし。誰にも、直されませんでした。それどころか」


「それどころか?」


「カグラさんが、言ってくれたんです。『顔に出る子は、信用できるわ』って」


……あの人は、本当に。からかいながら、いちばん柔らかいところに、ちゃんと座布団を敷いていく。


「私の治癒の光は、教会では『囲うべき財産』でした。……ここでは、『パーティの名前』になりました。この顔も、この癖も、ここでは直さなくていいもので。——だから、私、決めました」


パーティの、と言うとき、ノエルは一瞬だけ言葉を選んだ。父さんはもう家族だと言ってくれたけれど、それを自分から名乗るのは、この子にはまだ、少しだけ勇気が要るらしい。……いつか自分から言える日が来るといいな、と思った。


顔を上げたノエルの目は、まっすぐだった。まっすぐのまま、耳だけ赤かった。


「明日。ちゃんとした形で、リノさんにお礼をさせてください。——《《教会流の、正式なやつ》》です」


教会流の、正式なやつ。


……何それ。


(第十二話・了)

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