法の盾
白い外套の一団は、十二人だった。
先頭の司祭は、五十がらみの痩せた男で、笑顔のまま近づいてきた。笑顔のまま、というのが、いちばん嫌な感じだった。
「ご旅行中のところ、失礼いたします。人を探しておりまして——おお」
司祭の目が、ノエルで止まった。
「おお、おお。よくぞご無事で。……ノエル。探しましたよ。さあ、帰りましょう」
「……帰りません」
「おやおや」司祭は、困った子供を見る顔をした。「皆さま、ご存じでしたか? この娘は教会の養い子。つまり教会は、この娘の《《後見人》》なのです。迷い子を保護するのは、後見人の義務でして」
保護。またその言葉だ。
「ご迷惑をおかけしました。手厚く礼をいたしますので、どうぞ、お引き渡しを」
ノエルの肩が、震えた。それから、すう、と息を吸って、一歩、前に出ようとした。
——その手首を、私は掴んだ。
「リノ、さん……?」
「さっきのは、無意識だったけど」
私は司祭から目を離さないまま、言った。
「《《今度は、わざと掴んでる》》」
ノエルの手首が、掴んだ指の中で、一度跳ねて——それから、力を抜いた。
前へ出たのは、代わりに父さんだった。大盾は背負ったまま。ただ立っただけ。それだけで、白い外套の列が、半歩下がった。
「後見人ねえ」父さんは、のんびりした声で言った。「そいつは重畳。だがな司祭さんよ、当の本人が帰りたくねえと言ってる。後見ってのは、本人を幸せにする側の言葉じゃなかったか?」
「規則の話をしております」
「そうかい。なら、規則の話をしようや。——《《明日、宿場のギルドでな》》」
司祭は、笑顔のまま、しばらく父さんを見上げていた。武力の計算をする目だった。A級パーティ、公道、人目。算盤を弾き終えて、司祭は優雅に一礼した。
「よろしい。明日、正式な手続きの上で、お迎えに上がります。——それまでに、どうかご分別を」
白い列が、遠ざかっていく。
「……父さん。明日って言っちゃったけど、勝算あるの?」
「ねえよ! だから今夜中に作る! 走るぞ!!」
「ないの!?」
*
宿場のギルド出張所に飛び込んだのは、閉所間際だった。
そしてカウンターの中には、見覚えのある赤毛が、気だるげに帳簿を付けていた。
「はいはい、閉所でーす……って、あんたたち!?」
「「ニナさん!?」」
私と父さんの声が揃った。
「何よその驚き方。異動よ、異動。ギルド職員は三年で回されるの。……で? 閉所間際に汗だくで、今度は何?」
事情を話すと、ニナさんは帳簿を閉じ、指を組み、しばらく目をつむった。それから、にっ、と嫌な感じに笑った。受付のプロが、規則の抜け道を見つけた顔だった。
「——ギルド規約、第十一条」
「じゅういちじょう」
「《《冒険者登録を受けた者は、年齢にかかわらず自立した職業人として扱う。登録冒険者の身柄は、本人の同意なく、いかなる組織にも引き渡すことを要しない》》。……もともとは、借金のカタに冒険者を連れてこうとする商人や、家出した貴族の子弟を連れ戻したい親御さんと、さんざん揉めてできた条文だけどね」
「それ、教会にも効くんですか」
「効くわ。いい? ギルドの規約はただの内輪の決まりじゃない。国境の魔物退治を丸ごと請け負う代わりに、王国との協約で、この手の条文は《《王国法と同じ効力》》を持つの。登録した冒険者は、法の上では一人前——『みなし成年』。そして後見っていうのはね、本人が一人前の身分を得た時点で、《《終わる》》ものなのよ。徒弟入りや嫁入りと同じ」
「つまり……」
「教会の後見権は、昨日付で切れてる。条文には『いかなる組織にも』とあるわ。——《《教会を除く、とは書いてない》》」
ニナさんは新しい羊皮紙を、ぱん、とカウンターに置いた。
「ノエルちゃん、だっけ。あなた、治癒魔法は」
「つ、使えます! 高位のものまで、ひと通り!」
「回復役は万年人手不足。ようこそギルドへ。……登録処理は本来、翌朝扱いだけど」
ニナさんは壁の時計を見て、受理印を手に取り、印面の日付をぐりっと今日に合わせた。
「私の権限で、《《本日付》》の特急処理。文句は言わせない」
*
翌朝。ギルドの扉が開くと同時に、白い外套の一団が入ってきた。
司祭は、後見権を証する書類の束を、恭しくカウンターに積んだ。ニナさんは、それを一枚ずつ、丁寧に、ゆっくり検分し——それから、一枚の羊皮紙を、静かに向かい合わせに置いた。
「冒険者登録証。F級、《《ノエル》》。登録受理は昨日付。身元保証は所属パーティ及び当ギルド」
「————は?」
「ギルド規約第十一条により、登録冒険者の身柄は、本人の同意なくいかなる組織にも引き渡せません。ご本人の意思は——」
カウンターの横で、ノエルが背筋を伸ばした。震えは、もうなかった。
「帰りません。私は、ここで生きていきます」
「——とのことです。他にご用件は?」
司祭の笑顔が、初めて、剥がれた。
書類を何度もめくり、日付を確かめ、条文の写しを求め、そのすべてが徒労に終わり——最後に司祭は、笑顔を貼り直して、言った。
「……結構。では、そのように、《《枢機卿猊下に》》ご報告いたします」
枢機卿。
その言葉のときだけ、司祭の声から、営業の色が抜けた気がした。
白い外套が去ってから、ギルドの中の全員が、同時に息を吐いた。
*
「よぉし!! ニナちゃん、ついでだ! パーティ名の変更を頼む!!」
「……嫌な予感がする」
「今日からうちは——『《《熊と花と矢と光》》』だ!!」
「また増えた!! 台帳を書き直すのは私なのよ!!」
「増えたら足すと言ったろうが! がはは! 手数料は払う!!」
「銀貨三枚ね、毎度あり!!」
やけくそ気味に判を押すニナさんの前で、ノエルは自分の真新しいタグと、書き換えられたパーティ名簿を、かわるがわる見つめていた。
熊と、花と、矢と——光。
「光って……私、ですか」
「おう!」父さんが胸を張った。「ノエルの治癒の光だ! それにな、うちの野営は夜が明るくなった! 娘が二人に増えたからな! がはは!」
ノエルは名簿の「光」の一文字を、指先でそっとなぞって——うつむいた。亜麻色の髪の隙間から見えた耳が、真っ赤だった。そして両手は例のごとく、胸の前で祈りの形に組まれていた。ギルドのど真ん中で。
「あーもう、初々しい初々しい。……ところで、リノちゃん」
帰り際、ニナさんが私を手招きして、声を落とした。
「昨日の司祭、引き際が綺麗すぎたわ。ああいう手合いは、諦めたんじゃなくて——《《上に投げたのよ》》。気をつけなさい」
上。
枢機卿猊下、という言葉の温度を、私は思い出していた。
(第十一話・了)
ここまで読んでくださりありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!
毎日二話更新の集中連載!




