98話「膠着」
「クク、やってくれたなロリータよ」
「セニョリータみたいにロリータを口にすんじゃねえ」
高地からユーシャ一行を見下ろしていた魔物は地上に降りるままに称賛の声をフアムに送った。若干鼻の下が伸びている事を察知したエーダとマジュはフアムを自分達の後ろに隠す。魔物は再び叫んだ。
「今のは痛かった。痛かったぞー!」
痛々しいなコイツ──ユーシャ達は心底呆れていた。
ユーシャ一人しか戦えない今、いっその事逃げ出した方がいいんじゃないかとも思ったが、この魔物が追ってくれば標的を変えて他の者を襲う可能性が高い。間違いなくこの魔物は見境がないのだ。ここで叩いておくのが最善だと、少し落ち込んでいるプレイボールにユーシャは再び攻撃した。しかし、やはり俊敏で驚異的な跳躍力を持つ魔物はユーシャの蹴りを躱したのだった。
「隙を突くとは卑怯だな人間。だが吾輩は違うぞ。堂々とそこの女どもを突いて──」
「もうお前喋るな‼」
実力そのものは図抜けているユーシャだが、性に支配されたウサギ型の魔物の回避能力も図抜けていた。
その後もユーシャの蹴りは何度も虚しく空を切った。一方、気色悪い魔物からは攻撃する気配はまるでない。あからさまに待ちに徹している。その姿勢から魔物の目的は倒す事ではないのは明瞭だった。ユーシャは魔物が長期戦を仕掛けて自分を疲弊させるのが狙いなのだと推察した。そうやって焦れば、さらに油断も隙も生まれる。どんどん窮地に追い込まれていく。そう思うと、ユーシャには既に焦りが生まれていた。
中々に均衡が崩れず、少し場が膠着すると魔物は視線を女性陣──マジュの綺麗な首筋に向けている。そして何かしらが漲っていくのを感じた。その様子を見て、ユーシャは仲間達の血の気が引いていくのを感じた。さらに焦りが募っていく。
攻撃を当てるのならば隙を作り出すしかない。相手を油断させるしかない。そうなると──エーダはフアムとマジュに話し掛けた。
「こうなったら、私が脱いで囮に……」
「待ってそれはやめて! エーダ、自分の体を安売りしちゃダメ!」
「で、でもっ! マジュちゃん達、特にフアムちゃんを脱がすわけには」
「何で脱ぐのが前提になってんのよ!」
「でもこのままだとジリ貧じゃない? ユーシャが珍しく焦ってるわ」
三人の中で一番ユーシャと長く旅してきたエーダは彼の佇まいから機微を察していた。このままで埒が明かないと、そして一石二鳥だと発案した作戦はにべもなく顔を赤らめたマジュに断られた。二人の後ろからフアムが声を掛ける。振り返ると華奢な右腕が綺麗に上に伸びていた。
「私、児ポ法に抗ってみようか」
本意か冗談か。フアムは自分が脱ぐという仰天な言葉を口にした。その場に少年の声が轟く。
「フアム! あの痴女に対抗しなくていい! 張り合ったら負けな局面だ!」
続けて、ユーシャはエーダに向けても声を張り上げた。脱ぐ気満々の変態は少年の声にローブを留めているボタンを外そうとしていたその手を止める。ユーシャは真剣な表情でエーダを見つめていた。
「仮にお前が脱ぐとして、その時は俺が指示を出す。いいな。エーダ、俺に従え」
「えっ、あ……う、うん……」
エーダは顔を赤くし、少し俯いて、こくりと静かに頷いた。きっと、ユーシャからの『脱げ』という指示は永遠にくる事はないだろう。エーダが押しに弱くて助かったとユーシャは胸を撫で下ろす。そしてフアムの発言について考えを巡らせた。何だ児ポ法に抗うって。単に法に抵触するだけじゃねえか──それが一体何の法なのかはわからなかったが、何かしら危険なのは間違いないと予感していた。
一通り考えたところでユーシャはぎくりと顔を強張らせる。うっかり魔物の存在を意識から外していたからだ。これだけ油断していればいくら待ちに徹しているとしても攻撃されてもおかしくなかった。魔物の方を見やる、プレイボールはその場に立ち尽くしていた。魔物は何故か背中を向けていた隙だらけのユーシャを攻撃しなかったのだ。ふと顔を見ると、落胆の色がありありと出ていた。ユーシャが怪訝そうに見ていると、魔物はユーシャに不満をぶつけた。
「なんで脱がない! なんで脱がせないのだ!」
「するわけねえだろ! 良俗の瀬戸際なんだよこっちは‼」
……。どうやら魔物はエーダ達が脱ぐのを、心を弾ませて待っていたようだ。
「私に任せて」
マジュがエーダに声を掛ける。先程エーダの提案を拒否したマジュは打開策を考えていたようだった。




