97話「プレイボール」
「えーと、どうする?」
戦って──! ユーシャの問いに、女性陣は間髪入れずそう言った。いつの間にかユーシャと彼女達の距離が大きく開いていた。性欲丸出しの魔物に対して物理的にも離れたい気持ちがその距離に表れていた。
『戦おう』ではなく、『戦って』──懇願ともいえる文言は、気持ちいい事をしようと宣う魔物に気持ち悪さを感じ、戦闘の意思さえ削がれていたからであろう。
エーダやフアムはともかくとして、日ごろからマッチョに囲まれマッチョに感化され図らずも強さが磨かれた比較的好戦的なマジュでさえもユーシャ一人に押し付けるほど嫌悪感を示していた。
「ククク、可愛らしい女どもよ。吾輩の強さに恐れおののくのは無理もないが、最高の夜にしてやるから──」
「最低且つ迷惑だわ。あんたの性欲にドン引いてるだけだっての」
「ユーシャっ、なるべく早めに倒しちゃってっ!」
エールをおくるエーダ、そしてフアムとマジュはさらに大きく後退っていた。
「ズルズルと離れてくなー! あと海に落ちないよう気を付けろよー!」
……。戦闘を一人押し付けられた事はさて置き、別の心配をしていたユーシャだった。
いささか理不尽な気もしたが、性欲も情欲も丸出しの物体を目の前にすれば、舐め回すように全身を見られれば、かかわりたくないと拒絶反応を見せるのも無理からぬ事だと、少年は腹落ちしていた。そして腹を括る。ユーシャは魔物と女性陣の間に立つようにして、プレイボーイな魔物・プレイボール──何だかややこしい名前の魔物と対峙した。魔物は興を削がれたような顔でユーシャに言い放つ。
「何だ? まさか貴様も私に掘られたいと言う──」
「言う訳ねーだろ気色悪いな! お前の頭ん中それだけか‼」
「当たり前だ!」
「うるせえ! 断言すな‼」
ユーシャはせめてこの魔物が群れで存在しないよう願った。今後の旅で、さながら女だらけの一家で虫の駆除を一任されるお父さんのような立場は出来ればゴメンこうむりたかった。
プレイボールは再び笑い出す。
「全く……女が目の前にいるというのに人間もこれか。近頃は同胞も頓に大人しい。目の前に獲物がいても奥手なのか臆病なのかちっとも手を出さんのだ。少子化の元凶め」
「余計なお世話だ。いっその事滅んでしまえ」
魔物と言葉を交わすユーシャに遠くから仲間の檄が飛ぶ。
「ユーシャっ、お話はいいから巻きでお願いっ!」
「何が巻きだ業界用語で急かすな!」
「さっさとあいつの首刎ね飛ばしちゃいなさいよー!」
「怖い言い回しすんじゃねえ!」
「作戦『ユーシャがんばれ』でコマンド入力したからあとは攻撃だけだよ」
「コマンド入力って何だよゲームキャラか俺は!」
……。女性陣はもはやギャラリーと化していた。戦闘を急かすのはいやらしい目をして鼻の下が伸び切った顔面を一刻も早く過去のもの、いや記憶から消却してしまいたいからなのだろう。
精霊探しも寄り道感覚に格下げされてとりわけ急ぐ旅でもないのだが、だからといって悠長に魔物の相手をする気分でもなかった。
ユーシャは軽く息を吐き、気持ちを切り替えた。とんとんと軽く跳ねた直後、地面を強く蹴り出し、凄まじい速度で一直線に魔物に迫っていく。そして強烈な蹴りを繰り出した。
大腿部に力を入れて軽く屈んだ魔物の顔面をユーシャの繰り出した右足が捉えようとしたその瞬間であった。
「──え? あれ、いない⁉」
攻撃に手応えが全くなかった。派手に空振ったユーシャの体は大きくよろめいた。しゃがみながら傾く体を片腕で支えて蹴りを繰り出した空間を見やる。右に左に顔ごと目線を振るが、魔物の姿はどこにも見当たらない。瞬く間にユーシャの視界からプレイボールがいなくなった。
「ユーシャ、上! 上にいる!」
マジュに言われ、即座にユーシャは目線を上に向けた。すると、高くそびえる岩壁の上に先程まで地表にいた魔物が悠々と佇み、こちらを見下ろしていたのだ。一部始終を見逃していなかったエーダが驚きのままに声を上げる。
「ユーシャのジャンプもすごかったけど、あの魔物一回のジャンプであそこまで……っ!」
現在地にそびえる岩壁は、最奥地ほどではなかったが、それでも容易く登れるような高さではない。そんな高さの岩壁の頂上にいとも簡単に魔物は登ってみせた。その跳躍力は尋常じゃない足腰を持つユーシャのそれを遥かに凌駕している事は一目瞭然であった。
ウサギ型の魔物は軽薄であくどい笑みを浮かべ、ユーシャを心から見下していた。
「他愛ないな人間。少しはやるようだが元々の実力が違うのだよ。そして──」
顔の向きはそのままに、目線だけを女性陣──とりわけエーダの肢体に向け、鼻の下を伸ばした。
「今の吾輩は下が高まりモチベーションもギンギンだから敵うはずがないのだ吾輩に貴様程度が! な!」
「お前二度と口を開くな! 興奮しすぎてワードがちぐはぐしてんのが余計気持ち悪いんだよ‼」
ドン引きするエーダとマジュ。二人のそばで内心をおくびも見せないフアムは気色悪い魔物を見てぼそっとつぶやいた。
「そのジャンプ力で上まで登れるなら岩石群なんてすぐに抜け出せたのにね」
……。その場にいる一同が固まった。一拍遅れて理解したユーシャ達はあぁ確かにと噛み締めるように頷いた。目線を上に向け、魔物を見やると俯き笑っていた。笑いすぎ、軽く息切れを起こすと、次第に遠目からも分かるほどに顔が引きつっていった。そして魔物は叫んだ。
「その手があったかーーーーー!」
「アホーーーーー!」
宝の持ち腐れという言葉がこれほど似合う魔物もいないだろう。
フアムの何気ない一言で、下半身が先走りおつむが付いてこない魔物は精神に痛恨の一撃を喰らったのだった。




