96話「魔物の目的」
「フフフ、ずっと見ていたぞ。このふざけた迷路の帰り道のさなかをずうっとな」
ウサギのような姿をした魔物は低く渋い声でユーシャ達に話し掛けてきた。
マーヨ・テ・マウーテ岩石群を歩く五つ目の足音。精霊に出会えずに肩を落とし、帰路を歩くユーシャ一行を後ろをずっとずっと付いてきていたのだ。魔物は果たして何の目的でこの岩石群に来ていたのか。そして、道中に彼らを襲わなかったのは、何か理由でもあるのだろうか。
「俺達を襲うのが目的じゃないのか? それとも、いつでも倒せると余裕のつもりか?」
ユーシャが問い質す。ウサギ型の魔物は片側の口角を上げ、ニヒルに笑った。一行には魔物の態度が余裕綽々に映る。やはり、その物腰は人間などいつでも倒せるという自信の表れなのだろうか。魔物は、口角を上げるだけではなく、低く唸るような笑い声を上げた。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
「長いわ。いつまで笑ってんだ」
「ククク。あいにく吾輩はそんな事に興味はない」
別に平和主義という訳でもないがね──魔物は文言を一つ付け足す。
「へ? じゃあ何だって後ろをずっと付いてきたんだ?」
「呆れるな。解らないのか? ククク、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
「長えっつってんだろ。どんだけ笑ってんだ」
じゃあ何のつもりで──? マジュの問いに、長く笑いすぎて息が苦しくなった魔物は、呼吸を整えてから勿体ぶったのちに悠々と答えた。
魔物には道中でユーシャ達を襲わない明確な意図があったのだ。それは、何故この岩石群に滞在していたかの理由にもなっていた。
「道中で貴様らを殺してしまえばここから抜け出せないからだ!」
「お前も迷子かよ‼」
……。ウサギ型の魔物はある日たまたま岩石群を訪れていた。歩けども歩けども似通った道と風景に、自分がどこにいるのかもわからなくなってしまい、ずっと抜け出せずにさまよい右往左往していたのだ。
そんな中、このような辺ぴな場所を訪れた物好きな旅の一行がやってきた。物陰から話を聞くに、その一行は天然の迷路の帰り道を憂慮し、目印を置いてきたのだと言う。千載一遇のチャンスを逃すまいと、魔物はユーシャ一行に目を付け、見つからないようひっそりと後ろを付いてきたのだった。
「クックック。いつまでも帰れず思わず泣きそうになったが、いや決して泣いてはいない。あくまでも泣きそうなったというだけだが」
「どっちでもいいわ」
「感謝するぞ人間。おかげでここから抜け出す事が出来た。その礼として──」
先程のどこか陽気なそれとは打って変わって、魔物の笑みは邪な念を孕んでいた。殺気などは感じない。だが、眼前の魔物の思惑がユーシャ達にとって不都合に違いない事は容易に感じ取れた。
女どもよ──魔物はユーシャの後ろにいたエーダ、フアム、マジュに視線を向けて言い放つ。
「吾輩と気持ちいい事をしようではないか!」
目つきはいやらしく、鼻の下は伸び切り、鼻息は湿り気を帯びてなおかつ荒い。眼前にいる何とも性欲旺盛な物体の興奮冷めやらぬテンションと反比例して、女性陣、ついでにユーシャも気分が底に落ちたような虚ろな表情で後退った。
「吾輩の名はプレイボール。よく覚えておけ」
──プレイボーイなウサギ型の魔物は、何やらボールゲームが始まりそうな名前をしていた。




