94話「帰り道②」
もう分かれ道がいくつあろうとも迷う必要はない。それがどれほど安心感を与えるだろうか。どこを取っても同じ景色の自然に、規則的に並べられた不自然。エーダが行きの道中に残した目印を頼りに進んでいけばおのずと入り口に辿り着ける。ユーシャ一行は晴れた気持ちで殺風景な岩石群を闊歩していた。
一つ、二つ、三つ、四つ、そして五つ──大小様々な足音が淀みなく一定のリズムで天然の迷路に刻まれていた。
「さて、石ころはどこ……あれ、ないぞ⁉」
分かれ道にて習慣となった目印探しはすぐさま暗礁に乗り上げた。精霊が寂しさに耐えきれずに飛び出し、空となった最奥地から何度目かの分かれ道で、どのルートにも今まで道を示してくれた目印──エーダが意図的に規則的に並べた石がないのだ。
まさか突風か何かで飛ばされたのだろうか。いや、海に面した岩石群の入り口は髪が乱れ、跳ね上がる程の強風が吹き荒れたが、入り組んだ地形を進んで中頃までいけば地表は無風に等しかった。上空は風音がするもののせいぜい細かい砂が軽く舞う程度で、エーダが厳選した少なくとも拳より大きな石が飛んでいくとはとても思えない。
「次の道はこっちね」
エーダは事も無げに言った。
目印がないのになぜわかるのか。頭上に疑問符を浮かべる三人へ目配せしたエーダは、やはり得意げな顔をして、ある場所を指差した。
「あれ、ナイフか……? なんか見た事あるな……。あっ」
ユーシャは喋りながら、すぐにピンときたようだ。視線をエーダに向ける。岩壁に寄りそうように置かれたナイフは彼女が持っていたものだと奇跡的に思い出した。
「最初は私の物を置いて目印にしようとしていたのよ。カバンの中に色々と詰め込んでいるからそれで足りるだろうって。でもびっくりするぐらい分かれ道が多くって──」
どうしようか思案していたところ、地面の至る所に転がっている石を見て目印に使えると思い至ったそうだ。高を括っていたわけではないが、マッカチョッカ大陸の大自然は予想以上に複雑怪奇で荒漠としていた。だが、無造作に転がっている石が、その荒漠した大自然が助け舟にもなったのだ。自然は時として試練も恩恵も与えると言えよう。手ごろな石がそこらに転がっていて助かったわ──エーダはそう言って笑った。
所持品のナイフを拾い、身長の何倍もの高さの岩壁の間を進む。数十メートルほど歩き、再度複数が交わる分かれ道、今度は歪な形の五差路に出た。そして目印となるエーダの私物を探すのだが──。
「──え?」
最初に見つけたユーシャは、落ちていたそれを見て自分の目を疑った。手に取り、まじまじと見てもまだ困惑していた。何故なら、エーダが目印に置いていたものは先程と同じ形をしたナイフだからであった。
「私、念のために同じナイフをいくつか持ってるの」
「あぁ何だ。そういう事か。同じような道で同じナイフが落ちてるってデジャブみたいでびっくりしたわ」
既視感を覚えた場に出くわしたユーシャは驚きを隠せなかったが、開いてみれば何の事はなかった。
旅となれば長丁場になり、確かに二本持っていれば便利な場面もあるのだろうととりあえず飲み込んだ。
「さっ、納得したんなら早くエーダのアイテム回収の旅にでも戻りましょ」
マジュの一声で、一行はまた歩みを進めた。朝ごろと同じ快晴でも、空はほんの少し赤みを増している。暗くならないうちにここを出ようと、歩調は気持ち一つ分速まった。
天然の迷路ともいえる岩石群の帰り道はきわめて順調であった。幾度となく出くわす分かれ道で目印として置いたアイテムを拾っていく。
一行はデジャブだと錯覚した五差路の次の地点で三本目のナイフを回収した。
「ナイフ、二本だけじゃなかったんだね」
「まあ、『いくつか』って言ってたからね」
軽口を踏まえながら進み、次の地点では四本目のナイフを。その次では五本目を。六本、七本、八本、九本──。
「……」
「……? 口数少なくなってきたけど、疲れたのかしら? 皆、大丈夫?」
……。何度目の分かれ道だったか。あれほど元気だったユーシャ達の沈黙をエーダが心配したとある地点で、回収したナイフは十六を数えた。
「怖ーーーー! エーダどんだけナイフ持ってんだよ‼」
「えっ、だ、だって私よく物を落としちゃうからたくさん持ってた方がいいかなって……っ」
「エーダ、あなたおしとやかな危険人物だったの⁉」
「そっ、そんな……っ! このナイフだって、お店でナイフどれでも詰め放題っていうのを買っただけで──」
「何だその物騒なサービスは! 違う意味で大出血だわ!」
ユーシャとマジュが矢継ぎ早にツッコむ。エーダは困った顔をしながら胸の前で両手をぎゅっと握る何だか可愛いポーズを取ってはいるが、所持品だけ見ればもはや恐怖のテロリストである。
「ほらっ、アレよアレっ! 備えあれば嬉しいって言うじゃない⁉」
「憂いもなくなって万々歳だよね」
備えあれば憂いなし。フアムのフォローで何とかことわざは完成した。焦ったか、それとも素で間違えたか。エーダは顔を真っ赤にして先を急ぐよう促した。
「あぁもうっ! 何だか恥ずかしくて脱いじゃいたいわ!」
「脱ぐ方を恥ずかしがれや」
手うちわでパタパタと扇ぐエーダを先頭に一行は道を進んでいく。帰路に安心感をもたらした目印に不安を覚えたユーシャ達だったが、驚く事なかれ、これはまだ序の口でしかなかったのだ──。




