93話「帰り道①」
「よし、帰るぞ」
ユーシャは物静かに声を掛けた。行動そのものは前向きで切り替えが早いいつものユーシャだったが、その表情は虚無そのものであった。人が全然来てくれなくて寂しいから場所変えます──砂塵が舞う土色一辺倒の岩石群最奥地までの旅が徒労に終わった事よりも、精霊がどこかに移動したのが人恋しさ故という何とも言えない理由だったのが、より疲労感を助長させた。
「……エーダ、フアム、マジュ。ちょっといいか?」
道を少し進んだ所で四叉路に行き着き、ユーシャはきょろきょろと忙しなく周りを見渡す。遠い空を眺めながら仲間の名を一人ずつ口にして呼び掛けた。
「俺達……どの道から来たんだっけ?」
……。同じ道でも、行きと帰りでまるで違う道に見えるという──そのような錯覚以前に、どこを見ても同じに見えるこの岩石群の谷間にある道においては、道が複数ある地点に出ると、行きに自分達が通ってきたルートがどこなのかがさっぱりわからなくなっていた。
フアムはユーシャの顔を見やり、不敵に笑った。
「私も同じ気持ちだよ」
マジュはフアムの肩にぽんと手を置く。そして彼女もフアムに続いて言った。
「奇遇ね。私もよ」
自信に満ち溢れた口調と表情で、フアムとマジュはユーシャの質問には答えずにただ同調した。つまり、二人も帰り道がさっぱりわからない、という事である。
ふと、ユーシャの目に転がっていた骸が映った。背中に悪寒が走る。まるで未来の自分を暗示しているようでぞっとした。
「……行きもなんだかんだ奥まで行けたし、帰りも適当に進んだって案外どうにかなるかもな」
……。ぞっとしたのも束の間であった。やはりこの男は切り替えが早く、前を向く。ほぼほぼあてずっぽうでいくつもの分かれ道を進んで最奥地に辿り着いたのならば、帰りだって大体そんな感じで帰れるだろう──抗う事の出来ない呪いのようにひたすらポジティブな少年の精神は理屈もクソもない謎の論理で構成されていた。果たして呪いは伝播するのだろうか。仲間達もまた、悲観的にはなってはいなかった。その証拠とは言わないが、マジュが打開策を口にする。
「どの方向に行けばわかんなくてもユーシャが壁を登って上から見渡せばいいしね」
ユーシャの肩ほどの身長のフアムが、彼の顔を見上げる。
「ユーシャ。ちょっと上行ってきてよ」
「うん! ちょっと待ってろ」
ユーシャは再び自身の身体能力を活かして、おつかい感覚で岩壁に登っていった。ちょっと上行ってきて──何かしらのツッコミ待ちで雑にお願いしたフアムと、結構素直な性格してるよねユーシャって──そうこぼすマジュ。地上の二人がその様を眺めていると、ふらりとエーダが現れ、何やら得意げな表情で話し掛けてきた。
「うふふっ! 実はこんな事もあろうかと、進んできた道に目印をつけておいたのっ! あれ? ユーシャは?」
「ユーシャはあそこだよ」
ユーシャが岩壁の頂上に到着したタイミングで、場を離れていたエーダが一足遅く戻ってきた。
フアムは上を指差し、エーダはその方向へ顔を上げた。しかしエーダの目は特に何も捉えなかった。不思議そうな顔で視線を落とし、そして地面の骸を見てぎょっとした。
「えっ、えーっ⁉ こ、こんな短時間でガイコツに──」
「違うわ。天には昇ってない。方向を確かめるために壁を登ったの。エーダが道わかるなら登る必要なかったわね」
呼び戻しましょう──マジュは大声でユーシャに戻るよう話し掛けた。ユーシャは顔をしかめながらも素直に応じ、すぐさま降りてくる。マジュはエーダの話をそのままユーシャにも伝えた。
「ごめんなさいユーシャっ。先に言っておけばよかったわね」
「別にいいさ! しかしさすが旅慣れてるだけあるなエーダ! 助かったよ!」
ユーシャは自分が雑に扱われた事など一切気にせずに、エーダの行動を称えた。
「それで、目印っていうのはどれ?」
「ふふっ、アレを見て──」
エーダが目を向けた場所を見ると、枝分かれしている四つの道のうち、一つの道の岩壁のそばに拳より大きく頭よりは小さい程度の石が不自然に並べられていた。
「持ってたナイフで矢印を彫ろうとも思ったんだけど、そこらに石が落ちてるでしょ? へたに矢印を彫ったりするよりもこっちの方がいいかなって」
エーダの発言を聞いて、行きの彼女の不審な行動にフアムは何やら得心行ったようだった。
「あぁなるほど。目印をつけながら進んでたから時折遅れてついてきてたんだね」
エーダはにこりと微笑んで言葉を返す。
「本当に……それだけだと思う?」
「不穏な空気を醸すんじゃねえ」
「まあ何にせよ、帰り道は軽い気持ちで戻れそうね! ユーシャ、精霊はまだ探すの?」
結果として、岩石群最奥地への旅路は空振りに終わった。今後の旅の展望はいかほどか。マジュはユーシャに訊ねる。ユーシャは少し考えたのちに答えた。
「そうだなあ。この大陸に本当に精霊がいるならさ、西から東に進んでいくから、いちいち探さなくてもどっかで会えるだろ。とりあえず気長に行こうぜ」
「……旅のついでなの?」
一気に重要度が下げられた寂しがり屋の精霊に、マジュは憐憫の念を禁じ得なかった。精霊の事は諦めてはいないが、執着もしていない。成り行き任せなスタンスである。
そうだとしても──フアムが岩石群から帰った後の事を口にした。
「時間も時間だし、港町に戻ったら休みがてら情報は集めとく感じにする?」
「そうねえ。帰りが夕方くらいになりそうだし、港町で一旦休みましょっか」
「──だな! じゃあ、さくっと戻ろう!」
ユーシャ達は岩石群の入り口に向けて歩を進めていく。憂鬱な気分にまで追い込まれた行きとは違い、エーダの機転によって迷う事がなくここから出られそうという安堵するような帰りの道中は、浮つくほどに心を軽くさせた。だからなのだろう。一行はその帰路で、背後に忍び寄る足音に気付かずにいた──。




