86話「新たな旅」
「さあ、今から一緒に魔王を殴りに行きましょうか!」
「ヤー」
マジュは急に仕切りだし、フアムは眠そうな顔で返事をした。ユーシャとエーダはそんな彼女に何も思う事はなく、飄々としていた。
「それで、一旦情報を整理しましょう。魔王や魔物と戦うにあたってあなた達はどんな武器を持っているの?」
魔王討伐の旅をするユーシャ一行と出会って間もないマジュは、まずは情報の確認から始めた。きっと、いつもそばにいた聡明なメイド達が行動に際し、そのような手順を踏んでいるのだろう。マジュの質問に、ユーシャは何の気なしに答える。
「武器? いや、何も持ってないけど……」
マジュは思わず目を丸くする。まさか丸腰──? 驚いて出たその言葉にユーシャ一行は静かに頷き、彼女は絶句した。彼らは、本当に魔王討伐を果たそうとしているのだろうか。
「だってあなた勇者なんでしょ? 剣はどうしたの?」
普遍的な勇者像を思い浮かべたマジュの質問に、ユーシャは不思議そうな顔をする。
「どうって言われても……一度も手に持った事ないけど」
「えー? それでどうやって魔物を切り刻むのよー!」
「何で逐一表現がおぞましいんだよ!」
出てくる言葉がいちいち怖いマジュにフアムが訊ねた。
「そういうマジュは何が出来るの? 魔法は本当に使えないの?」
「うん、全く! その代わりでもないけど、私にはこの拳があれば十分よ!」
魔法なんかに頼るな。筋肉は裏切らない──先祖の思いと崇高な技術をぶった切った格言を胸に、ウィズアルド家領主夫妻のもとに生まれたマジュは両の拳を固く握る。
「ふーん、そっか。まあ別になんだって……」
なんだっていい──そう言い掛けてハッとした。首を忙しなく振り、ユーシャは仲間を見渡す。何かにつけて全裸になろうとするエーダ。頑強な鎧を頭突きで凹まし、平然としているフアム。大体の物事を殴って解決しようとするマジュ。彼女達のそれぞれの特徴を思い返し、驚くほどに戦闘タイプに偏りがあるパーティーである事に気が付いた。裸、頭、拳、そして自身は足──。
「え……何だよこのパーティー……肉弾戦しか出来ねえじゃん……」
「……一人だけ肉弾戦違いがいるんだけど」
祖国オカノウエー王国から、魔王討伐の旅に出て早や数週間──。重大な責務を負った少年は、自らの計画性のなさが著しくバランスを欠いたパーティーを作ってしまったのだと、今更ながら思い知らされたのだった。ユーシャは俯き、思案する。そして──。
「……どうにかすればいっか……。うん、どうとでもなるな」
……。今朝方戦ったノットシンシーのように、魔王軍には空を飛ぶ魔物が存在する。近接戦闘にしか活路がない──その事実を知ってもなお、遠距離に対しての戦いの術を待たないユーシャに焦りは一切なかった。突き抜けた前向きさが唯一の救いなのか、それとも壊滅の布石か。それは誰にもわからなかった。
ユーシャの暢気さが伝播しているパーティーを前に、要は違う形で補えばいいのだと明るい表情でマジュは言った。
「ゴリエットから聞いた事あるんだけど、ここから西の方に精霊を祀っている祠があるんだって。精霊っていうのは自然の力を司る高尚な存在らしいの」
「へえー! 何だか凄そうだな!」
「あぁ、そんな祠があるって兵士さんが言ってたっけ?」
ここより北西のニスニアール大陸にあるカランカ・ランデス王国を離れる際、ユーシャと顔なじみになっていたお調子者の兵士との会話でそのような話が出ていたのをフアムは覚えていた。他の大陸にも伝わっているのかとマジュは驚く。エーダはフアムの言葉を補足した。
「えっとっ、確か兵士さんってマッカチョッカ大陸の町に立ち寄った時に聞いたって言ってたわ」
「ふーん。そうなの? ユーシャ」
「──だそうです」
「なんであんただけ輪の外なのよ」
マジュはまだ知らない。当事者のくせに部外者然としているこの男がどれだけ些細なエピソードを記憶しないのかを。まるで宵越しの金を持たねえ江戸っ子のように、ユーシャは得た情報を脳に蓄積させないのだ。
もし、この少年が他人を頼らず単独で魔王討伐を果たそうなどという天上天下唯我独尊な人間だったとしたら、今頃単身海の藻屑だったかもしれない。
もし、この少年が暢気で忘れっぽくろくに仕事をしない出来ないとりあえず玉座に座っているだけの置物のような父・オカノウエー王国国王ノンキーナを、家臣達が全力で支えている様子を幼い頃から見て育ったのだとすれば、その影響で周囲の助けを父譲りの素直さで受け入れ、人を頼る土壌が出来上がったのだとすれば、家臣の具申に『いいよ』と言うだけの温和な置物の父は現時点で既に多大な功績を残しているといえよう。
「これもゴリエットが言っていたんだけど、昔の人は精霊の力を借りて悪と戦っていたなんて記述もあるらしいのよ。もし、私達も力を借りられたらこれからの旅に役立つと思わない?」
「そうだなあ。最悪その精霊に全部任せちゃえばいいもんな」
「勇者らしからぬその発想が最悪だわ」
「精霊って人に『魔王倒してっ!』ってお願いできないかしら?」
「人じゃないし、お願いを叶えてくれる存在でもないと思うわよ精霊って」
「精霊ってもしかして人背負って空飛べる?」
「何移動手段として考えてんのよ」
高尚な存在に対して、ただの便利屋扱いという何とも罰当たりな発想だった。それはそれとして、ユーシャに負けず劣らず、マジュはボケに対して即座にツッコみを入れる。
「それで、祠はここから近いの?」
フアムの質問にマジュは少し考え込む。距離としてはさほど離れていないらしい。だが──。
「距離というよりも、問題はこの大陸の地形よね。祠までの道のりが迷路みたいに複雑らしいのよ」
どうするの──? マジュの問い掛けに、三人は顔を見合わせる。答えを出すのに、時間は掛からなかった。
「近くにあるならとりあえず行ってみようよ」
「そうねっ。これも何かの縁だと思うし」
「面倒そうだったらすぐ引き返せばいいしな」
「んじゃ、決定ね!」
……。まるで現地人に観光地の穴場スポットを聞かされた時のような軽さで、次の目的地が決まった。
「ここで突っ立っててもなんだから、とりあえず歩こうぜ」
──こうして、新たな仲間・マジュを加えたユーシャ一行は、散歩感覚でマッカチョッカ大陸西側の複雑怪奇な道の果てにある精霊の祠へ向かうのであった。




