84話「本心」
「私思ったんだけどさ」
ニスニアール大陸に滞在しているゴリエットとチョードリーと合流するためにスピードアは埠頭で海を渡る準備をしていた。彼女を見送りについてきていたユーシャ達と新たに仲間に加わったマジュは彼女の一挙一動を見守っている。そんな中、入念に準備運動をしていたマッチョなメイドの方を見てフアムはぼそっとつぶやいた。スピードアも動きを止め、声に耳を傾ける。
「スピードアは私達と一緒に来るって選択肢はなかったの?」
場にいた一同は一様に固まった。突拍子のないタイミングの発言と内容で言葉が出ずにいた皆のリアクションを待つ事なくフアムは話を続ける。
「なんだったらゴリエット達も来ればさ、戦力は増えるし離れ離れでマジュを心配する事もなくなるんじゃない?」
「──ッ!」
スピードアは電流が走ったような反応をした。
「い、言われてみれば確かに……! その発想はなかったわ!」
「あれ⁉ 意図的に身を引いてたんじゃなかったの?」
マジュがユーシャの旅についていくと言った時、最初からマジュに追従する意思を見せなかったのは自分達に対する何かしらの配慮なのだと思っていたユーシャは盲点を突かれたように新鮮な反応をする彼女に逆に驚いた。
「そうよ! 私達も行動を共にすればウィンウィンじゃない! マジュ様! ここでしばらくお待ちください! 今から私が先輩達を連れて──」
「ダ、ダメッ──!」
場が静まり返る。スピードアの言葉を遮ったマジュの声はことのほか大きかった。
スピードアの言う通り、ユーシャとメイド、双方にメリットがある話であった。魔王討伐を果たすユーシャにとっては戦力の増大になり、ウィズアルド家に仕えるメイドにとっては領主の一人娘をそばで守る事が出来る。いい事ずくめでデメリットを挙げる方が難しい。しかしそんな名案にマジュは何故か強く拒絶した。彼女の反応に驚いた一同は、マジュを見やり、押し黙って彼女の出方を窺った。マジュは開いた口を動かすだけで言葉が出ずにいたが、考えがまとまったのかスピードアに向けて話し出した。
「よ、よ、よく考えてスピードア! まず、あなたの本分は何?」
「筋肉です」
「うん……いや、違うわ。あなたはパパに雇われたメイドでしょ? なら、長い間屋敷を離れる判断を下すのは間違っているじゃない」
「えぇ、それはごもっともですが、しかし旦那様と奥様が寵愛するマジュ様をお守りするのも大事な仕事ではないでしょうか」
「私は大丈夫よ。盾……じゃなくてユーシャが一緒なんだから」
「それが本心だとしてもせめて隠せよ‼」
それよりも──今は未だ平穏ともいえる世の中ではあるが、魔王の復活で狼煙を上げた魔物の攻勢が激化しないなどという保証はどこにもない。旅に出る事で離れ離れになる両親を、マジュを心配するメイドと同じように彼女は心配だと言うのだった。
「だからパパとママのそばにいてほしいの。特にゴリエット、チョードリー、そしてあなたはウチにとっての特記戦力なんだから」
「メイドを指して言うワードじゃねえだろ」
「それに魔物との戦闘は最大四人だって相場が決まってるしね」
「どこの相場だ。初めて聞いたぞそれ」
「そもそも仲間が四人以上になった時に必要な馬車がないわ」
「どこの世界の話だ。それも初めて聞いたぞ」
まるでゲームの設定のような頓珍漢な話をしたマジュだったが、スピードアは旅の同行を拒否したように見えた彼女の真意を聞いてどうやら納得したようだ。軽く息を吐き、ユーシャの方を向く。
「あらためましてユーシャ、マジュ様をどうか宜しくお願い致します」
スピードアは令嬢を預けるユーシャに再度綺麗な所作で頭を下げた。
「うん。任せてよ!」
「特に風呂の催促は根気強く──」
「ちょ、ちょっとスピードア! そんな事よりも早くゴリエット達に私の無事を伝えてあげてよ!」
「フフッ! それもそうですね! では──」
スピードアは微笑み、そして海に向かって飛び込んだ。
……。
「なんで―⁉」
ユーシャは驚き、そして海に向かってツッコんだ。
スピードアは断じて身を投げ出したのではない。海を渡るためである。ウィズアルド家の特記戦力・ゴリエットとチョードリーが待つニスニアール大陸を目指して、海面から顔を出した彼女は力強く泳いでいった。
マッチョなメイドが衣服を着たまま大海を泳ぎゆくという目を疑うような異様な光景にエーダは目をぱちくりさせる。
「うわあ、凄い綺麗なフォームっ!」
「いやそこじゃねえだろ! スピードア何してんの⁉ 無理に泳がないで船で行けばいいじゃねえか!」
「ほんとほんと。よくもまあ体を水に浸せるわよねー」
「お前もそこじゃねえだろ!」
「私だったら『ニャアーーー!』って身悶えするわ」
「猫じゃねえんだよ! それとも猫から転生を果たしたのか⁉」
「ニャー」
「本当に転生した姿なのか⁉」
どんどん遠くなっていくスピードアの姿を眺めていたマジュは、どこか安堵したような表情を浮かべていた。そんなマジュの様子をフアムがじっと見つめている。彼女はマジュが突如ユーシャに旅の同行を申し出た事に少なからず違和感を覚えていた。これまでのマジュの振る舞いを見て浮かんだ疑問。視線に気付いて見つめ返すマジュに、フアムは単刀直入に訊ねた。
「マジュってもしかしてメイドさんと一緒にいるのイヤだったの?」
「──え?」
息を呑み、マジュは凍り付いたように固まった。それは虚を突かれたからではない。フアムの質問が、図星を突いたからであった。
マジュの意思や発言に嘘があるわけではない。きっと、魔王をぶん殴るというのも本気なのだろう。心配だからと、メイド達には両親のそばにいてほしいという言葉も本音なのだろう。だが、本意は別にあった。なにかと理由につけてメイドを遠ざけようとしていた彼女には、ひた隠しにしていた本心があったのだ。




