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勇者の扱いが雑なんだが。  作者: 二ツ木十八
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79話「あの時」

「マジュ様!」


 ウィズアルド家に仕えるメイド・スピードアがマジュのもとへ駆け寄る。長い間離れ離れになっていた彼女は、心配を募らせて泣きそうな顔になりながらも元気そうな、いつもと変わらない様子のマジュを目にして心から安堵した。マジュもはぐれてしまったメイドと再会し、ホッとしたような顔で微笑む。スピードアは両手で包み込むようにマジュの側頭部にそっと触れた。


「あぁ! 本当に良かった! このにおい! 相も変わらず──」

「ちょっと! 息をするように私の頭皮を嗅がないで!」


 ……。スピードアはそつなく滑らかな動きで鼻先をマジュの頭頂部につけ、空気を吸引した。マジュは即座に吸引をやめないメイドを引き剥がしにかかるが、スピード型マッチョはびくともしなかった。今まで離れていた分まで回収する勢いで吸い続ける。されるがままの令嬢は軽く拳を握り、右肘を引いて横方向に弧を描いてスピードアの脇腹を撃ち抜こうとする素振りを見せたが、ハッと何かを思い出してその動きを止めた。


「ちょっと待った、喜ぶのはあと! あの人達にお話ししなきゃ!」


 マジュはそう言って、視線をユーシャ達の方へ向けた。スピードアも我に返り、マジュの頭をがっと掴んだその手を離した。


「すみませんマジュ様! そうですよね。存分に頭を嗅ぐのはあとのお楽しみに──」

「それは永遠に後回しにして!」


 自分の頭皮を嗅ぎたがるメイドに釘を刺して、マジュはユーシャに駆け寄った。エーダとフアムも少し距離のあった位置からユーシャのもとへ歩み寄る。


「大丈夫⁉ 巻き込んじゃったみたいで本当にごめんなさい!」


 マジュは因縁のついた魔物との争いに、偶然近くを旅していた無関係の者達を巻き込んで被害を与えてしまったのだと思い頭を下げた。ユーシャは先程スピードアが荒く吸引していたマジュの頭頂部を見ながらマジュに話し掛けた。


「いや全然問題ないよ! こっちもお嬢様を追いかけてここまで来たんだから無関係でも巻き込まれたわけでもないんだ」

「え? ど、どういう事? あなたも私の頭皮を嗅ぎに──」

「違うわ。スピードアの奇行と話を混ぜ合わせんじゃねえ」

「……なんでスピードアの名前を知っているの?」


 見知らぬ少年からメイドの名前が出て、事情を知らないマジュの表情が怪訝そうなものへと変わる。マジュの頭皮を嗅ぎ、少し肌に艶の出たスピードアがマジュに話し掛けた。


「マジュ様。彼らの事も含めてですが私が説明致します」

「スピードア……あれ? そういえばゴリエットとチョードリーは?」

「えぇ、それも今説明──」

「あっ、そういえばさあ!」

「落ち着いてくださいマジュ様!」

 

 ……。数日振りに再会した令嬢は忙しなかった。しばらく一人だったからか堰を切ったように話そうとするマジュをなんとかなだめ、スピードアはこれまでの経緯をマジュに話した。

 スピードアの話を聞き終わり、ユーシャの方へ振り向いたマジュは申し訳なさそうな顔をしていた。


「──そっか。目的があって旅してたのにわざわざ協力してくれたのね」


 ごめんなさい──マジュは再び謝罪の言葉を口にした。綺麗な所作で頭を下げる彼女を見て、ユーシャは目の前の女の子が自分の事を棚に上げて逆切れするとはとても思えないと、ぼんやりとその様を眺めていた。


「乗り掛かった船だし別にいいさ。俺達の意思で協力したんだからそんなに謝んないでよ」


 ユーシャの言葉を聞いて、神妙な顔がときほぐれる。少年の大きい度量にマジュの顔からは笑みがこぼれた。そして謝罪を上塗りするように感謝の言葉を述べた。ありがとう──。


「よくやってくれたわ。褒めて遣わす」

「図に乗れとは言ってねえよ」


 ……。度量が大きいユーシャに対抗するかのように態度が大きくなったマジュだった。


「ねえ、マジュお嬢様」


 フアムがマジュに話し掛ける。先の戦闘でどうも気にかかった事があるようだ。


「そんなお堅い呼び方しなくていいわよ。もっと気軽に呼んで!」

「わかった。……お嬢」

「何で任侠が垣間見える呼び方になんのよ。そんなんだったら名前で呼んでよ」


 マジュはすんとして自分よりも小さな女の子にツッコむ。そしてフアムはニヤリと笑った。


「さっきよく見てなかったんだけど、どうやって魔物を攻撃したの?」


 フアムの質問に続くようにエーダも口を開いた。


「あっ、私も気になってたっ! えっと、お嬢の──」

「その呼び方もう定着したの⁉ マジュにしてマジュに!」

「マジュの右手がなにか光ったような気がしたんだけど、もしかして──」


 エーダとフアムは、魔物とマジュが交錯した一瞬、思わず目を閉じてしまったその一瞬にマジュの右手から光が発せられたのを見逃さなかった。メイドからウィズアルドの歴史を聞いていたエーダ達はもしや今はもう失われたといわれる技法なのでは──そんな期待を寄せてマジュに訊ねた。だが──。


「いや……ただ殴っただけなんだけど……」


 マジュはどこか高揚したような面持ちで聞いてきた二人に戸惑いながらも、あっけらかんと答えた。二人は答えを拒絶するように固まる。


「えっ……ま、魔法っていうものじゃなくて?」

「うん。私魔法なんて使えないもん」

「ホントに⁉」

「うん。パパ達から教わった事もないし」

「でも確かに光ってたよ。じゃああれはマジック? それともトリック?」

「右フックよ」


 三人の会話を外から聞いていたスピードアはマジュの右腕を見て何かに気付いた。


「あら? マジュ様、いつの間にそんなもの着けていらしたんですか?」


 ユーシャ達も一斉にマジュに目を向ける。彼女の右腕、手首辺りには装飾が施された金属製のブレスレットが身に着けられていた。スピードアの反応から察するに以前は装着していなかったのだろう。どうやら、身に付けていたブレスレットに陽の光が反射して光っていたというのが実情のようだった。


「一体それ、どうしたんですか?」

「ふふっ! 一目見て気に入ったから買っちゃった! あ、そうだ──」


 私のお話聞いてよ──! マジュはそう言ってブレスレットを買った経緯、もといゴリエット達メイドとはぐれてしまってから今までどこで何をしていたのかをつらつらと話し始めたのであった。

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