77話「交錯」
「てめえコラ、おいコラア! あの屋敷でぶち込んでくれた砲弾で死にかけたぞコラどうしてくれんだコラア!」
ぎゃあぎゃあうるさい魔物ノットシンシーはなおもがなり立てる。ガラが悪い鳥が睨みつける先──ウィズアルド家領主の一人娘・マジュもいつまでも黙ってはいなかった。彼女も威勢よく啖呵を切る。
「どうしてくれるはこっちのセリフよ! あんたが鈍くさく花火玉に当たってくれたもんだからお屋敷が燃えて住めなくなったじゃない! あんたどう責任取ってくれんのよー!」
……。今一度情報を整理しておく事にしよう。両者の因縁は数日前のマジュの誕生日に行われたパーティーにまで遡る。
ウィズアルド家の屋敷がある地方での成人年齢にあたる十六歳となったマジュを祝うために、屋敷に仕えるメイド達はサプライズとして特製の花火を打ち上げておめでたい一日を締めくくろうとしていた。
そんな折、逢魔が時に屋敷の人間を襲わんと、魔物が飛来していたのである。十分に品定めをして襲撃しようとしたその時、打ち上げられた花火玉が間の抜けた魔物を直撃したのだった。結果、魔物は重傷を負い、花火玉は屋敷に墜落して全焼した。無論、これはあくまでも偶発的な事故なのである。だが──。
「俺がどこ飛んでようが俺の勝手だろうがコラア! 罪のない魔物を攻撃しやがっててめえコラア!」
「魔物のクセに罪がないとか何言ってんのよ! 大体許可なくウチの屋敷の上空飛んでいるのが悪いんでしょうが!」
……。魔物側は屋敷を襲撃しようとしていた事を棚に上げ、人間側は花火玉を当てた事を棚に上げる。偶発的な事故が生んだ因縁は、責任の擦り付け合いという醜い事態へと発展していた。ノットシンシーはなおも恨み節をぶつける。
「俺にしてくれた以上に! 俺の百匹の同胞をぶちのめしてくれた事も忘れてねえからなあ! 覚悟しとけよコラア!」
「私は何もしてないわよ。そっちについてはゴリエット達に言ってくんない?」
「知るかコラア! 連帯保証人だコラア!」
「私達あんたにお金借りた覚えないんですけど」
「あ、コ、コラ……お前コラア! 揚げ足取んなコラア!」
俺を怒らせたなあ──! 言い間違いをツッコまれ、ノットシンシーは俄然ヒートアップする。魔物は自身が豪語している百匹からはほど遠い三十匹ほどの同胞が屈強なメイド達に返り討ちにされた事も連帯責任だと、連帯責任を連帯保証人と言い間違えて恥をかいた逆恨みも含めて全てマジュにぶつけようとしていた。
覚悟しろよ──がなり立てていた声が唸るように低くなる。眼光は一層鋭くなり、標的を睨みつける。場の空気が変わった事をマジュも敏感に感じ取り、顔を険しくさせた。遠くから眺めていたユーシャ達にも緊迫した空気が伝わっていた。
「──マジュ様!」
ユーシャっ、あそこ──! 遠くから声が聞こえたと同時に、三人が声の方へ目を向けた。魔物と対峙している女の子の名を呼んだのは彼女の父──ウィズアルド家領主に仕える女性、港町ホクシーに滞在していたメイド・スピードアであった。彼女もまた、マジュの所在を耳にして一目散に町を飛び出したのであった。だが、一足飛びでは間に合わないような距離にいるメイドを見て、ノットシンシーはイヤらしく笑った。
「フハハハハ! 残念だったな女マッチョ! お前にも痛い目に遭わせたいところだが、まずはそこの女だ! せいぜいなんかアレして眺めてろマッチョ女!」
アレとはなにか。今一つ足りないボキャブラリーのせいで水を差してくれたが、大事なお嬢様の危機の前にスピードアにとってそんな事は些事である。間に合わないかどうかは関係ない。メイドはがむしゃらに走り出す。鳥型の魔物も翼を閉じ、直滑空をはじめる。標的はいわずもがな魔法使いの血を引くウィズアルド家の娘である。
エーダとフアムが呆然と眺めていると、風が体をふわっと切ったような気がした。二人の間を縫ってユーシャも駆け出した。魔物とメイドからは出遅れた少年だったが、ぐんぐんとその距離を詰めていく。
「すっ、すごい……! もしかしたら私よりも──!」
スピード型マッチョ・スピードアは驚嘆した。速度に関しては少なからず自信を持っていた彼女だったが、この一瞬で、ユーシャの実力を感じ取った。でも──トップスピードに乗ったそのユーシャでさえも魔物の落下速度には敵わない。スピードアは叫んだ。
「私はマジュ様の方を──!」
だからあなたは魔物を──ユーシャもスピードアの意図を察した。魔物の攻撃の方が先だという悲観的な結果予測など気にせず、ユーシャは魔物に一撃を喰らわせるべく地面を蹴り、ノットシンシー目掛けて飛んだ。
「魔物の方が早い」
「ダメっ、間に合わない──」
日が照りつけて眩いさなか、薄目で成り行きを見守っていたエーダとフアムは悟ってしまった。最悪の場面の直視を避けるべく瞳を閉じる。だが、その瞼の裏には閉じる前の一瞬が焼き付いた。魔物の襲撃に対して一切たじろぐ様子のなかったマジュの右手が鋭く光ったのだ。
「くたばりな──!」
魔物の凶悪な嘴が、マジュの顔面を捉えようとしていた。




