76話「発見」
マッカチョッカ大陸西側の港町ホクシー方面に探していたウィズアルド家の令嬢がいる。だからか自然と歩調が速くなった。ユーシャはエーダとフアムにも早く来るよう急かす。少年は歩調以上に気が急いていた。
「何のんびりしてんだよ。早く行かないとお嬢様に追いつけないじゃないか!」
フアムがすんとした顔でおっとりと返す。
「このまま何もなければ港町にいるスピードアと合流して終わりなんだからそんなに急がなくてもいいんじゃない?」
「そうねえ。今の私達がする事ってお嬢様が落としたヘアピンを渡してあげる事とスピードアにだけでも顔見せするくらいなんじゃないかしら」
そう──。長らく行方不明となっていたウィズアルド家の令嬢マジュの目的も当然だが港町ホクシーでメイドと合流する事である。マジュがそのまま辿り着いてしまえば、彼女を探すために協力しているユーシャ達はお役御免となる。エーダが言った通りユーシャ達がホクシーに向かう理由は落とし物を渡す事と、協力関係にあるメイド達に無駄に心配をさせないよう、会わずに去る事をせずに顔を見せる事くらいなのである。ユーシャはきょとんとしていた。
「そう言われればそうだな。……じゃあ──」
のんびり行こっか──少年は持ち前の切り替えの早さで、散歩感覚で港町ホクシーに向かう事にした。
「そういえばさ、結局お嬢様は今までどこで何してたんだろうな」
「うーん……。この大陸って複雑な地形してるから迷ったんじゃない?」
「でも、枝道がいくつかあるくらいでスピードアが言った通りほぼほぼ一本道だよ。迷うのかなあ」
温泉の町ヌクインを飛び出すように後にしたユーシャ一行は一転して朗らかな陽射しにあてられたかのようにのどかなムードを漂わせながら蛇行する道を進んでいた。話の中心は先に港町ホクシーに向かったにもかかわらず町に辿り着けずに行方不明になった魔法使いの血を引く名家の一人娘マジュの事である。魔物の襲撃を受けた場所から港町までほぼほぼ一本道の道程から一体何を間違えてどこへ行ったのか。何故、数日経って逆方向であるヌクインの町に突如現れたのか。結局、彼らからは憶測しか出てこない。
「まあとにかくさ、所在ははっきりしたわけだからそれで良しにしようぜ」
「そうねっ、ウェイトレスさんも『とにかく元気にご飯を食べてた』って言っていたし、まずは一安心よね」
「……お嬢様、また港町に辿り着けなかったりしてね」
……。フアムが不意に不穏な事を口にした。ユーシャが慌てて言葉を返す。
「な、何言ってんだよ! こんな一本道どうやって──」
どうやって迷うんだ──。ユーシャはこの言葉を言い切る事なく絶句した。迷ったかは定かではない。しかし、事実として辿り着けなかったからよそ者のユーシャ達まで巻き込んだ一大事に発展したのである。あとは港町ホクシーで合流するだけ──たったそれだけの事が、特段どうという事はないハードルが異様に高く思えてきた。エーダ、フアム──ユーシャは深刻な顔をして何の気なしな表情の二人に話し掛ける。
「やっぱり急ごう──!」
ユーシャは一目散に駆け出した。
「あっ、待ってユーシャ!」
「ハァイ⁉」
散歩からランニングにユーシャのペースが変わった瞬間、エーダが呼び止めた。速度に乗じて上がったテンションで返事をしたユーシャの声は裏返っていた。
「ユーシャっ、あれ! あそこ見てっ!」
急ブレーキをかけて止まったユーシャはエーダが指を差す方向──遠くの上空を見やる。窪地からそびえ立つ背の高い岩壁の隙間から見たそこには、背に生えた翼を羽ばたかせて宙に佇む生き物がいた。
「何だあれ、鳥? エーダ、あれがどうか──」
「鳥にしては何だか大きくない?」
エーダの指摘からユーシャ同様に空を眺めたフアムがそのサイズに違和感を覚える。
「ユーシャっ! ほら! あの魔物! 山の中で私達が遭遇したっ!」
「……? 山の中……?」
「もうっ! あなたが蹴り飛ばして倒した魔物よ! あの魔物じゃない⁉」
「……。……あー」
……。何とも気の抜けた返事をしたユーシャだったが、とりあえず思い出したようだ。
山の中──マッカチョッカ大陸より北東のハウクトー大陸。その大陸を横断する形で大きく構えるベリロング山脈の事である。ユーシャとエーダが西のニスニアール大陸に向かうべく、越えようとした山脈のうちの一山の道中で遭遇した魔物だとエーダは指摘した。
「へえー。俺が蹴り飛ばしてここまで飛んでったって事かな?」
「いやっ、それはわからないけど、それよりもこの道の先にはお嬢様がいるはずでしょ⁉」
「……あっ、まさか──!」
「……空を飛んでるあれ、魔物なの? なにか叫んでるね」
フアムが言う通り、空に佇む魔物はその場を離れる事はなく、ただ下に向かって何かをしているように見えた。とにかく行ってみよう──三人は駆け足で道を進む。近づけば近づくほど聞こえてくるピーチクパーチクやかましい紳士然としないがなり声。その声を一体何に向けているのか。右に左にうねる道から少し開けた場に辿り着いた時、それは判明した。
「やっと見つけたぜえ! 俺に一撃をくれた事! 同胞をボコにしてくれた事! 今からまとめて返してやんよ! やってやんぞコラア!」
ユーシャっ、あそこ──! 空からぎゃあぎゃあやかましくがなり立てるガラの悪い鳥型の魔物──ユーシャとエーダがベリロング山脈で遭遇した魔物シンシーの亜種・ノットシンシーの視線の先をエーダは指差した。
「まずい! 女の子が襲われるぞ!」
「多分あの人がお嬢様なんじゃない?」
「うんっ! きっとそうよ!」
「え⁉ 二人とも何でわかんの⁉」
──両肩が出た服の上にシースルーのストールを羽織っていたわね。下は……膝上丈の動きやすいハーフパンツにくるぶしまでのアンクルブーツを履いている……こんな感じでわかるかしら──。
エーダが指を差した先。ガラの悪い魔物ががなり立てる先。そこにいた長い黒髪をなびかせた女の子は、ウィズアルド家に仕えるメイド長ゴリエットが口にした特徴そのままの格好をしていた──。




