122話「東の祠⑨」
「お、おいちょっと待って! 自分の強さを自覚しろマジュ! 下手すりゃ死ぬ──」
「あんた勇者なんでしょ⁉ なら大丈夫よ! 勇者は決して死なない!」
「理屈どころか屁理屈ですらねえよ! 永遠の命を手にした覚えはないわ!」
勇者is never die。マジュが放つ雑な理論で、ユーシャの命は死に近づいていた。
「自分で言ったからには責任持ちなさいよ! もう私は止まらないわよ!」
「覚悟を決めるんならさっさとして! もう気持ちが抑えきれないんだけど!」
「本物も偽物もいきり立つなや!」
こいつら本当に分裂でもしたのか──? そう思えるくらいに姿形が同じ二人は言行も行動も方向性が同じだった。
どうする? 言った手前、本当に俺はもう殴られるしかないのか──? 背中にも額にも気持ちの悪い嫌な汗が出てきた。憤懣に満ちた彼女の、自身に化けた魔物への攻撃をアシストするだけのつもりだったのに、事態は思わぬ方向へ舵を切っていた。
マジュに化けた魔物にとってはユーシャの一声で好機が飛び込んできた。用意していた強力な毒をひそかに手に持って、何一つ迷いのない足取りで近づいていく。
一方で、偽物同様に迷いのない足取りでユーシャに近づいていく本物のマジュは、溜まった鬱憤そのままに動いているようでその実冷静であった。
きっと、ユーシャには何か考えがあるんだろう──マジュは敢えてユーシャの言葉に踊っていた。
なんだかんだ言って情欲がゼロではないユーシャが、かわいい自分とそっくりな偽物がくっついてる様を見て興奮でもしたか、それともこいつただのマゾかとも思ったが、しかし戦闘においては機転が利く。マジュはユーシャのことをそう評価していた。
どういうつもりなのかはわからないが、ユーシャを信じてここは道化を演じておこう──日は浅くとも、二人の間には積み上げてきた信頼が確かにある。マジュは二人を結ぶ絆に事の顛末を委ねることにした。
ユーシャは、徐々に近づいてくる二人を交互に見やる。顔に汗を浮かべながら、何度も、何度も。
不意に狼狽した顔がぐっと引き締まった。少年はもうやけくそだと腹を括った。何の裏付けもない直感で、向かって右──片方のマジュに目配せをした。ユーシャに強い眼差しで見つめられた彼女──本物のマジュは、何かを察したようにこくりと頷いた。
──おいお前わかってんだろうな──?
──ふふっ、もっちろん! あなたの目を見てやっとわかったわ──!
──そうさこれはお前と魔物の距離を離す作戦なんだ。だから──!
──えぇ、ちゃんと理解したわよ。殴られたその拳の強さで本物かどうか判断するつもりね! ユーシャ! 私、全力でいくわ──!
ああああこいつ絶対にわかってねえよ──! ユーシャも彼女の真剣な眼差しを見て何かを察した。あの固く握った拳は絶対に自分の顔面をとらえる。そう確信したのだった。
母上にも殴られたことないのに──! この大陸での戦闘で魔物の頭と衝突したというイレギュラーはあっても、その顔を拳で傷つけられたことなど一度としてなかった。ユーシャのニキビ一つない綺麗な肌は、拳の感触を未だ知らないのだ。まさか仲間に、長く受け継がれてきた名家の令嬢にその初めてを奪われようとは思いもよらなかった。
ユーシャの頭にはもう本物と偽物を、真贋を見分けることなど微塵も考えが入っていなかった。のんきに動くその頭脳はいかにして光速で飛んでくる彼女の強烈な攻撃を回避するかにリソースを割いていた。
じりじりと近づく足音にユーシャはびくっと体を揺らした。表情に少しだけ光が差した。足音に反応したのではない。真夜中の森で殺傷能力の高い頭蓋骨を持つフアムに追いかけられた時のように、死を察知して走馬灯が駆け巡ったユーシャに妙案が生まれたのだ。
そうだ──! ユーシャは笑った。まるで命が脅かされるこの危機を乗り切れると確信したかのように。
「もういい。今のでよくわかったよ。本物がどっちかってことをな──!」
二人のマジュが動きを止めた。今のやり取りで何がどうわかったのかと、強張った表情のままその場で立ち尽くしている。
この隙にさっさと魔物を殴れや本物──! 魔物と一緒に固まっているマジュに一言物申したい気持ちを抑えて、ユーシャは話を続けた。




