121話「東の祠⑧」
「ちょっと! いくら私がかわいいからってくっつかないでよ!」
「自画自賛してんじゃないわよ! それよりもあんたはこのかわいい顔に攻撃でもしようっての⁉」
「かわいいかわいいうるせえな!」
……。本物と偽物の『かわいい』合戦は止まることはなかった。
場は依然として混迷を極めている。収拾する様子は微塵も見えてこなかった。
物理的に本物と偽物を離そうとすれば、どんな手を持っているかわからない魔物から攻撃を受けるかもしれない。本物と見違えるほどの精度で変身をする──現状はそれ以上の情報はないのだ。そう考えると安易には近づけない。
「エーダ、あの魔物の目的って俺を倒すこと?」
「う、うん。多分そうだとは思うんだけど……っ。どうしたの? 急に」
魔物がここへやってきた目的は自分にあるのだろう。仲間に化けてパーティーを撹乱し、最終的には世界征服を企てる魔王の障害となる勇者──ユーシャを抹殺する。そのために魔物は今、小細工を弄しているのだった。
「情報が一つ増えたな」
逆説的に考えれば小細工を重ねなければ目的を果たせない──その程度の戦闘力ということなのだろう。だったら、隙さえ突かれなければ致命傷を負うことはない──この状況でユーシャは逆に冷静になっていた。
マジュの言った通り、唯一どの状況においても真贋の判断がつくマジュが魔物に一撃を食らわせれば決着はつく。ならば、その状況さえお膳立てできればこの茶番は終わるのだ。ユーシャに妙案が浮かんだ。自分の一声で必ず隙はできる。必ずマジュが魔物に攻撃する一瞬を作り出せる。
「エーダ、念のため俺からちょっと離れてて」
「えっ? えっ? どういうことっ⁉」
エーダはユーシャの意図が理解しかねた。そんな彼女に簡潔に説明する。
「二段構えの作戦さ。俺の指示に対する反応でどっちが本物か炙り出せるかもしれない。それがだめでも、最終的にはマジュが魔物に一発入れられるシチュエーションになるはずだ──」
ユーシャはそう言って、もみくちゃになる二人のマジュに向かって叫んだ。
「おーい! マジュー! こっち来て俺を殴れ!」
本物のマジュなら躊躇する、もしくは何かしらいいツッコミを入れてくれるはず。対して、魔物が取るであろう選択肢は二つ。本物の真似をするか、ユーシャの宣言通りに殴りかかろうとするか。
前者ならばカモがネギを背負ってきたような願ってもない状況に、言葉に乗るか、それとも真似に徹するかの逡巡で一瞬の隙ができるはずだ。マジュならばその隙を見逃さない。そうなればマジュの拳が火を噴く。
後者ならば必ず両者に距離ができる。そうすれば、やはりマジュの拳が火を噴くことになるだろう。きっとあいつなら察してくれる──突拍子もない一声はマジュへの信頼を前提にした奇策だった。
さて、そんなことはできないと躊躇する本物と同じ反応をするか、それとも、言質を取ったと攻撃してくるか──。
呆気に取られた二人のマジュはこちらを見やり、真一文字に結んでいた口を開いた。
「わかった!」
「しっかり歯を食いしばりなさいよ!」
「何で両方乗り気なんだよ!」
……。文言は違えど、二人ともユーシャを攻撃する方向で同じ反応をした。
魔物にとってはこの機に勇者を亡き者にできるかもしれないと、渡りに船だと、願ってもないことだった。
本物のマジュは、さっさとぶん殴れば解決できるのに相手の搦め手で思うようにいかない現状にこの上なくイライラしていた。ストレス発散ができると、渡りに船だと、願ってもないことだった。
「……えーと……」
二人のマジュは少しずつ、しかし確実にこちらに近づいてくる。
ユーシャはマジュの光速の拳を食らう危機に瀕していた。




