120話「東の祠⑦」
二人のマジュのうち、最初にやってきた方が本物なのだろう。しゃべり倒すさまといい、ユーシャと息の合ったツッコミといい、ぽっと出の魔物にここまで似せるものができるだろうか。安易に考えるのはどうかとも思ったが、エーダに化けた時に続き、今回のマジュときて、仲間を疑わなければならない状況は素直なユーシャの精神を無意識下で蝕んでいた。安易に、というよりもさっさとはっきりしてしまいたいという思いが強かった。
しかし、ユーシャパーティーを攪乱し、魔王への脅威を排除する目的で攻撃を仕掛けた魔物もそうはいかない。なんと、マジュに化けた魔物はその彼女に素早い動きで抱き着いた。
そっくりそのままな二つの顔が、唇と唇が触れそうな、吐息が掛かる距離にまで密着していた。不意な出来事にユーシャは驚きと戸惑いの声を上げた。
「え⁉ そ、そういう趣味なのか⁉」
「何でそうなんのよ!」
「そんなニッチな趣味あるわけないでしょうが!」
二人のマジュは違う言葉ながらも両者ともに即座にツッコんだ。
マジュは密着した体の間に両手を入れて自分に化けた魔物を引き剝がそうとする。なかなか離れてくれない相手に対して、左肘から手首までの前腕部分で胸元を押し、残った右手で顔面付近に掌底でも入れようとしたその時だった。
「あ……私結構かわいい顔してんのね──」
「自画自賛してる場合かー‼」
ちょっと待ってろ──魔物を引き剝がそうとするマジュに加勢しようと駆け寄るユーシャだったが、二人のマジュはさらに激しくもみ合う事態となっていた。
「……あ──!」
ユーシャは愕然とした。遅まきながら魔物の意図を理解した。
決して魔物は姿形を似せて絡み合うプレイを行うのが目的ではなかったのだ。先にユーシャ達に鉢合った方が本物で、あとからやってきた方が偽物──マジュに化けた魔物である。ユーシャの認識は間違えていなかった。当然、魔物もそれを理解していた。だからこそ、である。
「ユ、ユーシャっ……!」
エーダも戸惑いを隠せない。もみくちゃになった果てに、ようやく同じ姿をした二人は離れた。しかし、傍観していたユーシャとエーダは、くんずほぐれつに絡み合ったせいでどちらが本物なのかがわからなくなってしまったのだ。
「え、ど、どうしようユーシャっ!」
「そ、そんなこと言われても……!」
完全に魔物の策に嵌まり、場に飲まれてしまっていた。混乱して打つ手を見失ってしまっていた。呆然と立ち尽くす二人に、切らした息を整えたマジュが声を掛ける。
「あんた達ちょっと待ってて! すぐにぶっ飛ばすわ! 私だけははっきりわかってるんだから!」
本物のマジュはそう言って、半身になって攻撃態勢に入った。傍からはわからなくとも、本人にとってはどれだけ似せても自分の目の前にいる時点で偽物に他ならない。好戦的なマジュは固く握った右の拳で決着を図った。しかし──。
「あっ! また抱き着いたっ!」
「マジュ! お前どんだけ自分が好きなんだよ!」
『そういう意味なわけないでしょうが!』
魔物は再び体を密着させた。そしてもみ合いながらわざとぐるぐると回って立ち位置を頻繁に変えた。体を密着させたのは決して人の温もりを感じたいわけではない。距離を殺せば、当然マジュの強烈なパンチは繰り出せなくなるのだ。マジュと魔物、両者の戦闘力に違いがあったとしても、攻撃さえさせなければその差が露呈することはない。魔物は狡猾にも最善手の選択を続けていた。
この──! マジュが苛立ちのあまり眉を吊り上げると、化けた魔物の方も瞬時に表情を真似る。判別がつかないユーシャ達はただ立ち尽くすしかできなかった。
更に剣幕が厳しくなる本物のマジュに隠れて、魔物はニヤリと笑った。どちらも決め手を欠く方法ではあるが、膠着した状態が長引けば長引くほど有利になってくる。そう思うと、笑いを抑えることができなかった。
──くっくっく。ここに来ているのは私だけではないのよ──!




