119話「東の祠⑥」
向こうもこちらに気付いている。先程よりも更に大きく、そして間隔が短くなった足音がその証拠だった。
足音の主が視界に入る。止まれ──! ユーシャは大きな声で相手の動きを制止する。
現れた人物を目にしたエーダは顔をぱあっと明るくさせて喜びの声を上げた。
「あっ! マジュちゃんっ!」
「あぁ、見た目はな……!」
「何言ってんのよユーシャ! そこまで忘れっぽくはないでしょ! 私だって!」
二人の目に映った姿は、間違いなくマジュのものであった。表情も、軽口を叩くその口調も全く違和感はない。しかしそれだけでは今は何の証明にもなっていないのだ。
「本当に、マジュなのか?」
「ホントにマジュだってば! マジュマジュ!」
「マジマジ! みたく言うんじゃねえ」
つい反射的にツッコんでしまったが、ユーシャは警戒心を怠らなかった。まるで縄張りに入らんとする外敵に向けた表情の少年に、マジュは構わずしゃべり続けた。
「そうだ! あんたさっきさあ、私から逃げたでしょ⁉」
ユーシャは目をぱちくりさせて固まった。
「……え⁉ 何⁉ 何の話⁉」
まるで心当たりのない指摘に戸惑うばかりだったユーシャに、マジュは一切気に掛けずに捲し立てた。
「何言ってんのよさっきの話! さっきなんかが飛んできたでしょ⁉ その後に周り見たら誰もいなくなっちゃってて、私ってはぐれ体質なのかなあって思ってたところに、あんたがふっと現れたんでしょ⁉ あぁよかったあって喜んでたらなんかあんたが『もう二度と君を離さないよ』みたいなこと言ったもんだから、『え、キモっ』って私もつい口に出しちゃって! そしたらあんた一目散に走りだしたんじゃない」
「俺のクオリティおかしくねえか⁉」
マジュを惑わせたのは魔物の仕業で間違いない。しかし自分に化けて出た言葉がキザったらしいセリフだったというのが十六歳の少年にとっては皆目解せなかった。
『え、キモっ』──端的で痛烈な一言ではあるが、それだけで逃げていくとはどういうわけか。もし、魔物にも心があるのだとすれば、それはそよ風だけで割れそうなガラス細工よりも脆いものでできているのではないだろうか。
こいつはマジュで間違いないだろうな──黒髪がさらさらと揺れるはつらつな表情の彼女を見やるユーシャの心中には確信めいたものがあった。
かつてユーシャ達の眼前で離れ離れになったメイドと再会した時の話である。数日間口を利く相手がいなかったウィズアルドの令嬢は、口を開けば立て板に水のように堰を切って止めどなくしゃべり続けたのだ。今の彼女のマシンガントークは文言は違えど当時を再現しているようだった。きっと本物に間違いない。だがしかし、今はまだ再会を喜ぶわけにはいかなかった。
──ユーシャ──!
灯された光が明暗を作るほの暗い道の奥で、矢継ぎ早にしゃべり倒したマジュの背後で声がした。
フアム──⁉ 嬉々とした感情を乗せてそう言ったマジュが振り返る。瞬間、マジュは驚きの表情を浮かべるのと同じタイミングで、自慢の右手で自分の右の頬をビンタした。ユーシャも思わずぎょっとした。
「いやお前何やってんの⁉」
「ええええ⁉ 夢なんかじゃない! 鏡でもないわよね⁉ ねえちょっと何これどうなってんの⁉」
……。どうやら、自分の目に飛び込んできたその光景があまりにも信じ難く、夢から覚まさせようと条件反射のような速度で自身に痛みを与えたようだった。
二人のエーダが現れた時のユーシャと同様に、マジュは目を見開き、あんぐりと口を上げて締まりのない表情をしていた。そんな彼女と姿形がそっくりそのまま瓜二つの黒髪をたなびかせた少女──本物を追いかけてやってきた偽物は深刻そうな表情で訴えた。
「騙されちゃダメよユーシャ! そいつは偽物! 気持ち悪いだなんて私があなたに言うわけないじゃない!」
……。
『いや、言うよ?』
少し間を置いて返したユーシャとマジュのツッコミは、寸分違わず見事なハーモニーを奏でた。




