118話「東の祠⑤」
今はもう方向感覚も何もあったものではない。前と後ろ、どちらが入口なのかは記憶を頼りにしなければわからない。出口に至ってはあるのかどうかさえも不明な精霊の祠をユーシャとエーダは進んでいた。
精霊はもちろんのことだが、今、二人が優先させているのはフアムとマジュと合流することであった。
しかし、ただ見つかりさえすればいいという問題ではすでになくなっていた。人間に化ける能力がある半人半獣の魔物がその能力でパーティーを崩壊させようとしている──それがこの問題をことさら厄介なものにさせているのだ。さらに──。
「ねえ、私ってどういう人間か言ってみて」
「まだ疑ってんのかい」
……。ハウクトー大陸で出会い、パーティーの中で一番長く寝食をともにしてきた仲間にまだ疑われていた。
そんなに服を着ろと言われたのが不満だったのか。それとも露出心をいたずらに遊ばれたのが信じられない思いだったのか、エーダはユーシャに仲間である証明を求めた。
ユーシャは痴女をじっと見つめ──もちろん変な意味ではない──嘆息を吐きながら面倒そうに答えた。
「……お前は、人間という生き物が服を着ているのが心のどこかでおかしいと思っている。違うか?」
「……えっ!」
エーダは秘孔を鋭く突かれたかのように大きな目を見開いた。そして傾斜のついたなで肩をさらにすとんと落として、力の抜けたような笑みで息を吐いた。
「ど、どうやら本当の本当にユーシャみたいね……っ!」
「俺はお前のその感性が嘘であってほしかったわ」
ホントにそんなこと思ってたのかよ──裸に結びつくのなら何でもいいかと思って適当に言ったつもりが、まさかの本物の証明になってしまった。明後日の方向に投げた球が強風で軌道を変えて当たってしまったかのような奇跡を見た思いである。
変態に変身した魔物は、その痴態っぷりにあからさまに引いていた。態様は中性的、もし性別があるとすれば、女にも思えた変身能力を持つあの魔物に関しては、エーダの裸が魔除けとして効力を発揮するのではないか。そんなことをふと思ったが、過った考えを振り払うかのようにユーシャは頭を勢いよく横に振った。自分が進んでエーダを脱がせるわけにはいかない──。
──このスケベ勇者──!
「これ以上あんなレッテルを張られてたまるか──!」
「えっ、えっ⁉ どうしたのユーシャっ⁉」
「──っ」
思わず心の叫びが口から出てしまったその時、煩悩と戦うユーシャの耳に何かが届いた。
「わ、私は……っ、男の人ってそういうものだと思うし、べっ、別にユーシャがそういう人でも……」
ユーシャは身もだえしながらも下心に寛容な心持ちを打ち出すエーダの言葉を無視した。緊迫感を顔に映して声がした方向を睨みつける。間違いなく人の声が聞こえた。無意識に一歩二歩と前に進む。更にカツカツと祠の中に響く足音が耳に入り、ユーシャはぴたりと動きを止めた。
「ユ、ユーシャっ」
遅れて事態に気付き、身を乗り出したエーダをユーシャは右手で制した。エーダはユーシャの右の手のひらを見て、少し俯きながら紅潮した顔で感嘆の声を上げた。
「す、すごいっ。ノールックで手を私のおっぱいの高さに──」
「どさくさに紛れて揉もうとしたんじゃねえよ‼ ねえやめて⁉ 何でエーダまで俺をそういう風に見るの⁉」
二人のしょうもないやり取りに負けじと、地面と強くぶつかるそれは忙しなく何度も何度も祠の中に響いた。歩きから駆け足に変わっていたその足音は、気付けばすぐそこにまで迫っていた。




