117話「東の祠④」
「それよりも、ユーシャっ、あなたが本物だと証明できるっ⁉」
本物のエーダがユーシャに問いかけた。まずは眼前の少年が本物だという確証がないと自分が本物なのだと証明させる目論見が徒労に終わってしまう。
「え⁉ 無理、わかんない‼」
……。
「もうっ! しっかりしてユーシャっ!」
本物の彼女は表情を面に出さずに心の中で安堵した。それっぽい反応を示してユーシャにツッコんだ偽物のその隣で、少しも考えずに即答したユーシャが本物だと確信したのだ。分裂したなどというちょっとボケたところといい、『信じてくれ』『本物に決まっている』といった定型文のようないくらでも取り繕える文言なんかより、あまりにも素直な『わかんない』という言葉が、却って信憑性を感じさせた。ずっと旅をしてきたユーシャそのものの反応だったのだ。
次は自分の番──エーダはなおもユーシャに問いかけた。
「ユーシャっ、私に何か指示を出してっ! あなたならきっと私が本物だと証明してくれるっ! あなたを信じて何でも応えるわっ!」
自分は魔物なんかよりもユーシャのことを知っている。ならばその逆もまた然り。きっとユーシャも自分をよく知ってくれているとエーダは指示を求めた。エーダは魔物には真似できない、自分らしい行動を取るようなことを言ってくれると信じて疑わなかった。
「指示、か……。わかった──」
場に緊張が走る。しばし考えたのち、ユーシャは真剣な表情で重い口を開いた。エーダ──。
「今すぐにこの場で脱げ」
……。
…………。
「で、できるわけないでしょっ! もうっ、ユーシャのエッチっ!」
エーダは顔を真っ赤にして拒否した。声を大にしてそう訴えた。
ユーシャはニヤリと片方の口角をわずかに上げる。どうやら真贋の区別がついたようだった。
「掛かったな偽物。お前はエーダなんかじゃない」
「……え──?」
魔物は信じられないと言わんばかりの面持ちで絶句した。明らかに勇者はこちら──真っ赤な顔で淫らな指示を拒否するエーダ──を見て偽物だと言っている。完璧だったはずの擬態があっさりと見破られた。
隣にいる本物は何でも応えると言った。その宣言に対して脱げなどという恥じらいのある乙女にとって非道極まりない指示を出したのは、魔物なら言葉通りに羞恥心もなく平然と脱ぐであろうと計算したに違いない。
人間の浅はかな算段を読み切った。純朴そうな女の反応をしてみせたはずだ。なのに、なぜ私が偽物だと言われるのだ──?
「隣を見てみろよ」
魔物は言われた通りに隣を見やる。そして思わず目を疑った。いや、猛烈な吹雪に見舞われたかのように凍り付いた。
足元にはシャツや肌着やらがはらりと落ちていた。上げた目線の先には、整った顔を紅潮させた女が黙々と動いている。よく見ると、ふくらんだ両胸の先端は何やら固くさせた突起物のようなものが浮き出ていた。
「お前……一体何やってんの……?」
まるで得体の知れない怪物に出会ったかのようにぞっとした表情でエーダを見やる魔物に、ユーシャは毅然と言い放った。
「いくら姿や形を似せたところで中身まで本物にはなりきれないんだよ」
痴態極まる怪物を前に凍り付いた魔物の表情が溶けていく。その下から悔しさに歯を食いしばり、不快感を露わにした顔が浮き出てきた。
魔物はエーダにすり替わってユーシャ一行の殲滅を図る作戦の失敗を悟り、変身を解いた。その姿は人間のようなシルエットながら、肌は青く、胸部や腰、前腕や膝から下が獣のような毛並みをした半人半獣を思わせる姿をしていた。魔物は恨めしそうにユーシャを、そして隣の痴女を睨みつけた。
「あぁ! 人間はなんて悍ましい! 日夜こんな卑猥なやりとりをして愉しんでるのね!」
「おい! 人聞きの悪いことを言うんじゃねえ!」
「お前らの品行の方が悪いわ!」
……。魔物に品行が悪いなどと言われる情けない勇者がここにいた。
「全く! この女の見てくれに騙されたわ! 指示を出す方なら脱ぐ方も脱ぐ方よ! このスケベ勇者! この変態女! 覚えときなさいよ!」
乱れに乱れた破廉恥な人間に、魔物は罵るような捨て台詞を吐いて逃げていった。
「全く……口の悪い魔物だぜ──」
自分までなじられるのはどこか納得いかなかったが、とりあえずは一難が去ったことにユーシャは胸を撫で下ろした。そして、本物のエーダを──ともに旅をしてきた仲間を見やって強い口調で話しかけた。
「エーダ、脱げと言ったがあれは嘘だ」
今すぐ脱いだ服を着ろ──先の旅で、露出狂の格好に味を占めたのか、裸の状態で外着のローブを羽織るのみの状態になっていたエーダは信じられないと言わんばかりの顔でユーシャを見やった。
「え……? あ、ちょっ……え──?」
「服を着ろと言われてうろたえるんじゃねえ」
きっとエーダだけではない。フアムとマジュにも魔物は化けて出るのだろう。ユーシャははぐれてしまった仲間達との合流を目指して、警戒心を募らせながら歩きだした。
エーダはユーシャの後ろをとぼとぼとついていく。そんな彼女は、眼前の少年に疑惑の目を向けていた。
「私に服を着ろだなんて、あなた本当にユーシャ……?」
「お前の中の俺はどんだけリビドーがほとばしってんだ」
少年は、仲間が魔物にドン引きされるほどの痴女なのだという現実から目を背けずにはいられなかった。




