115話「東の祠②」
周囲を見渡しても、四方八方に視線を動かしても、規則正しく並んだともし火に照らされた褐色の壁しか入ってこなかった。
ユーシャは直前に起きた出来事を何度も反芻した。突然飛来した無数の物体を身をかがめてやり過ごした時間はほんの十数秒。皆が走って逃げた可能性は限りなく低いだろう。フアムだけならあり得るだろうが、エーダとマジュ、三人全員が音が反響するこの祠の中で足音一つ立てずに移動したとは考えにくい。きっと自分と同様に身をかがめてやり過ごしたはずだ。だとすれば──。
「普通に考えたら魔物が何かしたってことだろうな」
ユーシャがこの場に一人残されたのはきっと偶発的なものではない。魔王討伐の旅を妨害する魔物が企図するものだと結論付けた。
「おーい! 誰か返事してくれー!」
ひとまず大声を出してみる。しかし、いくら待っても返事が返ってくることはなかった。声がした方向へ進んでみるという目論見はあっさりと潰えた。
足を踏み入れた入口か、それとも精霊がいる最深部か。無暗に歩き回るのは危険だが、ただ立ち尽くしていても状況が好転するとは到底思えない。ユーシャは意を決して先に進むことにした。
「体力はバッチリ残ってるからな。とにかく探し回ろう!」
神経を尖らせ、感度を最大に高めながら、ユーシャはとりあえず奥へ歩き出した。
「それにしても、どれだけ進んでもちっとも景色が変わりやしないなあ」
どこを切り取っても高さも道幅も変わり映えのない単調なその道すがら、ユーシャの口から愚痴がこぼれる。
「────!」
「うん?」
久し振りに自身の足音以外の音が聞こえた。しかもそれは人の声であった。
ユーシャは声の方向へ振り向く。誰かを呼ぶような声掛けがしばらく続いた。
「……。音が反響してるからかな……」
しかしおかしいと頭上に疑問符が浮かんだ。祠の中に反響したそれは確かに人の声であったのだが、自身の声よりもさらに低く野太いように聞こえたのだ。
難しい顔で思案する。一つの答えが出るのにさほど時間はかからなかった。仲間とはぐれた現状は魔物によるもので間違いない。つまり──。
「あいつら魔物によって声を変えられちまったのか……⁉」
……。よくもまあ、素っ頓狂な答えが出せるものである。果たして、そのようなことをして一体どんな意味があるというのか。
孤独がそうさせているのか、それとも元々か。ユーシャの脳は、人によっては研究意欲が駆り立てられるような珍奇な思考回路をしていた。
「ちくしょう! 俺の仲間になんてことを……!」
人の声を野太く変える珍奇な魔物なのだと確信した珍奇な思考回路をしたユーシャは、その歩調をさらに速めて声の方向へ進んでいった。
不意に足音を止める。進んでいくうちに耳に入る足音が増えていることに気付いたからだ。
野太い声がしなくなった代わりに、忙しなく響かせる足音が祠の中の静寂を奪っていた。徐々に音が大きくなってくる。対峙は時間の問題だと、ユーシャは気を引き締めた。
右に左にうねり、そして緩やかなアップダウンを繰り返す道を慎重に進んでいく。右に描くカーブの先。直線状になり、数十メートル先を見通せる場に出ると、自分以外の足音の正体はそこにいた。
「ユーシャっ!」
肩に届くくらいの長さのウェーブがかった髪を軽く揺らした、ボタンが丁寧に留められた前開きのローブを羽織った女性がその顔を綻ばせて少年の名を呼んだ。
「エーダ! 無事だったか!」
ユーシャは安堵の表情を浮かべる。再会を喜び、笑顔で待ち受けるエーダに駆け寄った。
手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと、彼女の奥──エーダがやってきた方向のほの暗かった道の明度が上がり、そこにはもう一人の人物が佇んでいるのがわかった。
息を弾ませてこちらを見やるその人物を視認した瞬間、ユーシャは思わずぎょっとしてその動きを止めた。
信じられない光景が目の前にあった。ユーシャが金縛りにでも遭ったかのように固まったのは、もう一人いたからなのではない。その人物の存在が、現実としてあり得ないものであったからだ。
奥にいる人物も、ボタンが丁寧に留められた前開きのローブを羽織っていた。肩に届くくらいの長さのウェーブがかった艶やかな髪、やや薄い眉、長く伸びたまつ毛、奥二重のくりっとした瞳、綺麗な筋が通った鼻尖の下には潤いを感じさせる唇。その形、その色──何から何まで、ユーシャの目と鼻の先にいる彼女と同じだった。
「エーダが……二人──?」




