114話「東の祠①」
高さが十数メートルほどの、森の中に不自然にそびえる大岩の中をユーシャ一行は躊躇のない足取りで進んでいった。
不自然ではあるものの、外見はなんてことのないただの大岩に見えたが、中は意外や意外、歩いていると豪勢に建てられた城にも引けを取らないほどに広く感じられた。
「とてもじゃないけど、人の手でとは思えない造りよね……っ」
エーダが感嘆まじりにそう声を漏らす。皆は物珍しそうに火が灯された道を見渡して声を発しなかったが、胸中はエーダと同じ思いであった。
人の手で造られたものではない──ここへ来るまでの経緯を考えれば、謎掛けでさえない。自然が造った難攻不落の迷路、歴史の中でほとんどの人間が辿り着けなかったマーヨ・テ・マウーテ岩石群の主。人智を超越した、人の常識には収まらないほどの大きな存在。自然を司る存在がここにいるのだと入り口から数十メートル歩みを進めただけでも十分に感じさせる場所だった。
「フアムが予想した通りなんじゃない?」
マジュがそう口にするとユーシャ以外は噛み締めるように頷く。ユーシャはフアムが何を言っていたのかを感情が何一つ宿らない真っ白なキャンバスよりも無を感じさせる表情で記憶を探っていた。もし、この祠が精霊によって造られたのだとすれば、間違いなく土に属するのだろうと明瞭に想起できた。
「それはそれとして、コレどこまで続いてるんだ……?」
結局正解を記憶から引っ張り出すことに失敗した少年は、持ち前の前向きさで思考を切り替えた。雑談を交えながら、もう数千を数えるくらいは祠の中を進んでいた。分かれ道のない、単調な道のりだから長く感じるのではない。事実として長い道のりを歩いていたからこそ感じた疑問だった。
右に左に曲線を描きながら軽く下方に傾斜する道を歩くこと数十分。この道が一体どこに繋がっているのか、一体どこに辿り着くのかさえまるで見えてこなかった。
ユーシャが後ろを振り返って、皆に訊ねる。
「帰る?」
「何で諦めるのだけそんな早いのよ」
「ちょっとだけわかる気がするよ」
走行速度だけではなく、諦める速度さえ速いユーシャにフアムは理解を示した。
「なんかタイパ悪いよね」
「現代の風潮出すのやめなさい」
マジュは新時代の薫風を受ける最年少を軽く諫めた。エーダはどう思う──? 会話に参加してこなかったパーティーの後列を歩く最年長に話を振ったが、当の本人はどこに焦点を合わせているのかわからないような面持ちで、一点を見つめて棒立ちになっていた。
「どうしたの? 疲れた?」
マジュが心配そうに声を掛ける。フアムがエーダの顔を下から覗き込む。
「もしかして脱ぎたくなったの?」
「そんなわけ…………。そんな、わけ……」
だがしかしあり得るのがエーダという女であった。明確な否定が出来ずユーシャが押し黙ると、エーダが沈黙の末に口を開いた。
「これ……羽音? 何だろう、どこかで聞いたことが……」
どうやらエーダはどこかから聞こえてくる音に集中していたようだった。そばだてた両の耳に神経を尖らせたエーダは、今度は記憶から掘り起こす作業に神経を使いはじめた。エーダの声で、ユーシャ達も耳を澄ませて音を拾おうとする。
何かを感じ取ったか、ユーシャがぴくっと動き、少し丸まった背を正した。遅れてフアムとマジュも反応する。羽の音──? そう声に出そうとマジュが口を小さく開けようとした瞬間、その音と記憶を一致させたエーダが大仰に叫んだ。
「思い出したっ! みんな伏せ──」
父との旅の中で、鳥というにはやや大きい生物──当時のエーダは魔物という認識がなかった──から襲撃を受けた経験があるエーダは言葉を最後まで繋げることはできなかった。言い切るよりも先に音の正体が視界に入ったからだ。それは少し跳ねれば頭をぶつける程度の高さとユーシャ一行が横並びになってもまだ余裕はある道幅を埋め尽くす量の飛来する物体であった。
エーダの半端に終わった勧告を受けてか受けないでか、一行は瞬時に身をかがめた。
煩わしい羽音が通り過ぎ、自らが吸った息さえ聞こえるほど静かになった頃、ユーシャは顔を上げて謎の物体がやってきた方向を見つめた。一瞬しか視界に捉えられなかったが、少年は魔物の仕業なのだと直感した。少なくとも祠に棲みつく動物なのではないと断定したのだった。
「みんな! 気をつけて進もう!」
そう言ったユーシャは、唖然とした顔で進行方向とは逆に、入り口の方へと駆けた。そしてまた、体を反転させて走った。
ユーシャは声を発さず、顔を青くして呆然と立ち尽くしたかと思えば、何度も何度も確かめるように首を横に振り、あるいは体ごと振り返った。
「あれ? みんな……?」
無数の飛来する物体どころか、エーダ、フアム、マジュ──仲間達さえユーシャの前からいなくなっていた。




