113話「発見」
気付けば東の空が深い藍色から徐々に青がかってきていた。
朝から精力的に探索、そして森の中では暴走し、精も根も尽き果てていたのだろう。マジュはエーダの太ももを枕にして寝入ってしまっていた。身動きの取れないエーダはそれでも虫の鳴き声に耳を傾け、頭上に広がるキャンバスに描かれた星を眺めて心を癒し、ユーシャは時には自分でマッサージをしたり、適度に動いて凝り固まった体をほぐす。フアムは頻繁に舟を漕いだり、目を閉じては開け、落ち着かない様子だったが、やがてエーダの背にもたれかかり、静かに寝息を立てた。一行はパチパチと音を立てる炎の前で思い思いに過ごし、休息に努めていた。
「もう精霊は他の人に先を越されちゃったかもね」
フアムは遠くの朝焼けを見ながら軽くあくびをし、目をとろんとさせてつぶやいた。ユーシャ一行の現在の目的は強力な力を手にするため、マッカチョッカ大陸のどこかにいるという精霊を探すことである。西方のマーヨ・テ・マウーテ岩石群で空振りをして以降、モチベーションが乱高下する旅の道中で、久しぶりに精霊が一行の話題に上がった。
「まあしょうがないさ。もし精霊の力を借りれなかったとしても、会うだけでもご利益あるかもしれないからとりあえず探すだけ探そうぜ」
……。人智を超えた存在は、もはや縁起物として認識されていた。
「消火確認……っと。ユーシャっ、いつでも出られるわよっ」
火を消してしばらく様子を眺め、燻っている箇所もなくなって火が起き上がらないことを確認したエーダはユーシャに声を掛けた。
「よしっ、それじゃあ精霊の顔を拝みに行くとしようか!」
まるで祈願でも果たそうなどというユーシャの声を合図に、一行は森と森の合間の平原を後にした。
「森ってさ、不思議なにおいがするよな」
当初はパニックになるほどに怯えていたユーシャは、今や草木が醸し出す瑞々しい自然の香りに感じ入るまでその環境に順応していた。フアムがユーシャの顔を覗き込む。
「ユーシャはこのにおいは嫌い?」
「別にそんなつもりで言ったんじゃないよ」
ユーシャは鼻から空気を深く吸い込む。目を瞑ってじっくり味わい、噛みしめながら感想を口にした。
「俺は結構癒される感じがして好きだなー」
「マイナスイオンがふんだんに出てるっていうもんね。癒されるってなんかわかるなあ」
マジュも森林が作り出す効能を口にしてユーシャの意見に同調した。
エーダは会話には参加しないものの、つぶさに目を閉じ、ゆっくりとした呼吸を繰り返して、穏やかな顔で澄んだ空気を体に染み込ませている。
一行は、風とともに抜けていく森の香りと植物が蒸散させる心地よい空気を、さながら森林浴を楽しむように踏み分け道を進んでいた。
「マジュちゃん。さっきからずっと右側を見ているけどどうしたの?」
皆についていく形で後方を歩いていたエーダは、マジュがある方向に目を奪われていることに気付いた。
「寝違えた?」
フアムの声に、首を横に振りながら、しかし視線はある一点に向けたままでマジュは答えた。
「ううん。そんなんじゃないけど、あの大岩は何かなって……みんなは気にならない?」
ユーシャ達はマジュの顔を一瞥して、彼女が目を向ける方向に顔を体ごと向けて木々と葉の隙間から辛うじて見える赤褐色のごつごつとした物体を目に捉えた。
「あー、確かにあるな。よくわかったなマジュ」
「なんだろう……森の中にぽつんとしていて変に感じるわね」
ユーシャ一行が旅をしているマッカチョッカ大陸は、西方は高低様々な台地が構える緑が枯れ果てたような場所だったが、中央部──温泉の町より東は一転して人間の背丈では先が見通せないほどの木々がおびただしく生い茂る森が広がっていた。西方のような岩壁などないに等しかったが、その中である一箇所──一行が眺めている大岩は唯一と言っていいほど、違和感を覚える不自然さで森に居座っていた。
「行ってみる?」
フアムの声に、皆は一様に頷いた。何故だかはわからないが、大岩を見ていると心が吸い込まれていくような気持ちになっていた。
一行は踏み分け道やけものみちですらない草が不揃いに生え立つ道なき道を、先頭を歩くユーシャが強く踏み固めて進んでいった。




