108話「トラウマ②」
「うーん、あったかくするなら確実な方法があるんだけど……」
「うん。でも、参ったわね……」
ユーシャとエーダが思案に耽る。幸いにも東西に高く鬱蒼と生い茂る森に囲まれたこの平原では、暖を取るための、焚き火をするための資源は選ぶのが迷う程にあった。火起こしは野外生活の経験豊かなエーダが解決してくれる。だが、そうすれば不都合な目に遭う仲間が一人出ることになるのだ。しかし、平原の中で話をしているうちに、寒さは少しづつ、確実に増していた。夜更けから夜明けに向けて寒さというのは募っていくものである。
「私なら大丈夫だから気にしないでいいわよ」
マジュは気丈にもそう言うが、気を失ってしまう程に心に刻まれた深い傷を抉るようなことは憚られる思いであった。
そういう訳にも行かないと言うユーシャの目に映ったマジュは、何やら強い決意を秘めたような目をしていた。
「いいの。丁度いい機会ってものよ。いつまでもいちいち落ちてたら迷惑かけちゃうしね」
トラウマを克服してみせる──マジュは力強く宣言した。どうやら長らく誰にも打ち明けてこなかったおねしょの話をしたら、少しだけ心が軽くなったようだ。気が晴れたこの流れに乗って払拭しようとマジュは意気込んだ。
「エーダ! 私に指示しちゃっていいわよ! どんなヤツなら着火させ──」
マジュは魔法をかけられたかのように固まった。倒れないのはこの状況を察したフアムがマジュの背後に回って体を支えていたからであった。
「あまり無茶しなくていいよマジュ」
「そうよっ! 体を寄せ合うだけでも充分だと思うし、素肌でくっつくと結構暖かいのよっ!」
「全裸が前提になってるじゃない!」
しかもその方法だと、ユーシャが一人あぶれること請け合いである。もしあぶれずにユーシャも全裸でそうなってしまえば、魔王討伐のパーティーはふしだら極まるであろう。
それに──マジュは話を続けた。
「無茶とかそんなんじゃないの。これは乗り越えなきゃいけない試練なのよ」
私が強くなるのに付き合って──マジュは頑なに譲らなかった。心根が優しいユーシャ達は心を鬼にする覚悟など到底決められず、マジュのトラウマを払拭しようという強い意志に、困り顔を浮かべるしかなかった。対照的にマジュは笑みを浮かべていた。
「心配しないで。何があったっておねしょなんかしないから」
「そんな心配はしてねえよ。むしろそれを聞いて気掛かりが増えたわ」
「荒療治なら一個思いついたのがあるよ」
マジュを背後で支えていた、というよりも腕を回して抱き着いていたフアムは何やら妙案を匂わせた。
「でも、あまりおすすめはしたくないかな」
「私のことなら心配しないでいいわよ! フアム、その荒療治っていうの何! どういう方法⁉」
「私が悪者になるからどちらかといえばイヤなんだけど」
「そっちの心配⁉ あなたを悪者なんかにしないから言うだけ言ってみてよ!」
「……わかった」
この期に及んで気後れするようなことはしまいとマジュは引き下がることはなかった。フアムの案に飛びつく気構えを見せるマジュの背中のすんとした表情の少女は、彼女の耳にぼそっとささやいた。
「もし気絶したら、その隙にマジュをお風呂に入れちゃおっかなあ」
……。マジュの血の気が引いた。体もキレイにできて一石二鳥だねえ──続けてニチャアっとつぶやくフアムの声は、まるで背に突き付けて脅すナイフのようであった。
「荒療治でもいいんだよね?」
おすすめはしない、どちらかといえばイヤだと消極的な姿勢を取ったフアムの策略に掛かって、マジュは見事に言質を取られてしまった。
しかしマジュの克服への熱意は揺るぎなかった。むしろ風呂嫌いがいい方向に働いてすらいた。
「私……これからもう二度と、絶対に気絶なんてしてやらない……!」
「いっそのこと水嫌いも克服してしまえ」
ユーシャのツッコミには耳を貸さず、マジュは絶対に砕けぬ鉄の意思を心に宿らせて強く誓った。




