102話「東へ」
「お姫様と兵士さんはもう精霊の所に向かったのかしら」
ヌクインの町を出て東、森の辺りにあるといわれている精霊の祠を目指すその道すがらでエーダは言った。
確かにマジュの悪魔的な機転で若者二人を出し抜いてスタートを切れたのは間違いないが、若者いわく兵士を連れた姫とやらも精霊の力を求めてやってきているらしい。
話を聞いていたフアムが素朴な疑問点を口にした。
「ねえ、そもそも早い者勝ちなの?」
一行は顔を見合わせる。言われてみると、力を貸してくれるという精霊についてその実何も知らない事に気付いた。ユーシャ達は円になって精霊について話し始めた。マジュが口火を切る。
「根本的な話なんだけど、力を貸してくれるって具体的にどうするのかな」
「えー? なんだろう……あっ、私達の後ろにピッタリ付いてきてくれるとかっ?」
「それ、精霊っつーか背後霊じゃね?」
「精霊ってどんな言語を話すのかな。ちゃんと会話できるの?」
「あぁ、そういう問題も出てくるのか。もしかしたらテレパシーとか必要になってくんのか?」
「でもっ、昔の勇者が精霊の力を身に付けたっていうのなら意思の疎通は少なくとも出来るんじゃないかしら」
「ユーシャ、勇者らしくテレパシーは任せたわよ」
「勇者のパブリックイメージどうなってんだ」
その後、話は精霊の容姿はどうなのかとか、物質として存在するのか、はたまた具象気体といえるものだろうかとか、建設的な内容とは言い難い方向に向かっていった。
話はさらに脱線し、霊験あらたかな存在に謁見する際のドレスコードの必要性にまで話が及んだ。盛り上がっていく女子達の会話にユーシャのテンションが段々気だるげになっていく。
「えー? そんな事まで気にするのか?」
「もしかしたら機嫌を損ねて力になってくれないかもしれないじゃないっ!」
「もしかしたら本当に体清めた方がいいのかな」
マジュの若者二人を出し抜くために言った口から出まかせが、他愛ない雑談を経て信ぴょう性を帯びてきてしまった。
「ねえ……町に戻ってお風呂に入る?」
途端にマジュが慌て出した。
「そっ、そんな事してもし精霊の力を手に入れられなくなったらどうすんのよ!」
「そもそも精霊の力って早い者勝ちなの?」
「……話が振り出しに戻ったな」
何やら堂々巡りになってきた。エーダが空を見上げる。すっかり暗くなり、雲一つない夜空には無数の星が点々と散りばめられていた。自身の体をすんすんと嗅ぎ、ちょっと困り顔のエーダはヌクインに戻らないかと皆に問い掛けた。
「もうすっかり遅いし、今日もいっぱい汗かいちゃったからお風呂入って寝てまた明日からにしない?」
ユーシャとフアムは目を合わせる。無言ながらエーダの提案に賛成の意思を見せた。しかし、その後ろでマジュ一人だけは徹底抗戦の構えを見せていた。
「い、いやっ、急ぐべきよ! ほら、温泉に浸かって死んだらどうするの⁉」
「例えが極端すぎるわ」
「でもっ、においがちょっと気になる……」
ユーシャをちらりと見ながら、エーダがぼそぼそと話す。マジュはおもむろにエーダの首元に顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「うん! 大丈夫全然気にならないいい匂い! これだったら嗅いだ男は全員絶頂するわよ!」
「お墨付きが危険極まりないわ」
一行がマジュに視線を向ける。マジュの様子がどうみてもおかしいからである。暑さで頭がおかしくなったのか、それとも元々こんな調子なのか。疑惑の目を向けているとエーダが思い出したように口を開いた。
「あっ、そっか。マジュちゃんお風呂が嫌いなんだっけ」
「や、嫌いっていうか……その……水に浸かったら溶けるっていうか」
「お前どういう物質の構成してんの⁉」
体裁を繕った結果、マジュが異形の生物になってしまった。なんとか風呂嫌いを誤魔化そうとするが、フアムが追撃を掛ける。
「そういえば昨日もお風呂入ってなかったね」
「え⁉ そ、それはユーシャも一緒じゃない⁉」
「俺は飯食った後に入ったぞ」
「そ、そうなの⁉」
マジュに向けられた疑惑の目が違う形に変わっていく。ユーシャの仲間になるまで、行動を共にしていたメイドと離れ離れになっていたマジュは数日の間単独で行動していたのだ。つまり、口うるさく言ってくる者が誰一人としていない。その間行動のすべてはマジュの判断で決めていた事になる。そうなると当然──。
ユーシャ達の痛い視線に対して、マジュはなかば逆切れという形で言い放った。
「私なら全然問題ないもん! そんなに私のにおいが気になるの⁉ いいわよ! だったらユーシャ! 私のにおい嗅いでみなさいよ!」
「ちょっと待て何で俺なんだよ!」
「パーティーのリーダーでしょ⁉ 責任取ってアンタが嗅ぐの! さっさといい匂いだって言って!」
「答えを強制させんじゃねえ! それにどんな責任生じてんだ‼」
「どうしたの⁉ 私のにおいを嗅いで興奮するのが怖いの⁉」
「意味わかんねえよ! 俺なら全然気にしてないから落ち着けって!」
「いいから嗅いで! ねえ早く! さきっちょ、さきっちょだけでいいから!」
「さきっちょって何⁉ お前何の話してんの⁉」
ユーシャとマジュの追いかけっこが始まった。残されたエーダとフアムは無表情でそれを眺めている。
悲しきかな、雑談の発端である寂しがり屋の精霊は、またもや忘れ去られていた──。




