101話「噂」
「そういえばヌクインで珍しい光景を見たよ」
商店の前で荷物を卸していた男と店主の話し声がユーシャ達の耳に入った。
「珍しいってどういう事だい?」
「いやあ、何でも兵士とすごい綺麗なお姫様が町を歩いていたんだよ」
何の気なしに聞いていた一行も男と店主の話に反応する。
「ふーん。お姫様ねえ」
「お忍びで来たのかしら?」
「あそこの温泉って有名なの?」
「うーん……どうだろう? 身近すぎてちょっとわかんないなあ」
フアムの問いに素直にわからないと言うマジュ。確かに当地に暮らしていると、外部からどう映っているかなど意識する事もないだろう。わからないのも無理からぬ話だった。
「まあ俺達もそっち方面に行くからもしかしたら会うかもなあ」
「温泉がある町にも寄ってくの?」
フアムの声に、ユーシャはしばし考える。
「うーん、どうしようか。そもそも今何をしに……あぁ、そうだ魔王討伐か」
「そこ忘れちゃダメだろ」
……。むしろ魔王の二文字をよく覚えていたと言えるのかもしれなかった。
マジュが意気を削がれ、呆れながらツッコむくらいには、パーティーのリーダーはひどく頼りなかった。
「まずは目的をはっきりさせましょうか。ユーシャは精霊さんをついでみたいに言ったけど、探すのか探さないのか、町を出る前に決めちゃいましょっ。じゃないとただの当てのない旅になるわ」
「いや、魔王討伐の旅でしょ?」
「私は、有名な冒険家になりたいなあ」
「ねえ魔王討伐の話は⁉」
明確な指標をと述べたエーダは無意識にボケて、フアムはそれに乗っかった。パーティーに加入してまだ間もないマジュに無駄な労力が割かれる。彼らは大丈夫なのだろうかと不安は尽きなかった。
「それで、どうするの? まずは精霊を見つけるの?」
マジュはユーシャに問い掛けた。
「そうだな。じゃあ探すか」
「軽っ。何だか精霊が不憫に思えてきたわ」
魔王が復活した世の中で一番緊迫感がなければいけない魔王討伐のパーティーは、緊張の糸が緩み切ったまま、とりあえず精霊探しを主眼に置いて旅を再開する事にした。
港町ホクシーのはずれから周囲を見渡す。ユーシャは頭の中でマーヨ・テ・マウーテ岩石群最奥地に刻まれていた精霊の言葉を反芻した。
「えーと……確か精霊は……。精霊……は──」
「人が来なくて寂しいから移動しますって話だったね」
フアムが補足した。一体少年は何を反芻したのか。それは誰にもわからなかった。
「えっとっ、そうとなると人の目に付きそうな所に構えているという事かしら?」
「それならもうちょっと噂になってもいいんじゃないかな」
「マジュ、どこかで見たとかさ、もうちょっと具体的な話ってないかな?」
「さあ? うちの屋敷の人間誰も興味なさそうだったし」
やはり精霊が不憫でならなかった。手掛かりを探すのに有力な方法はないものだろうか。
「やっぱりヌクインに行った方がいいと思うのっ」
エーダがそう進言する。風呂に入る機会を設けて裸を見られたいだけでは──? 無論、マジュが邪推するような理由ではなかった。
「兵士さんとお姫様だっけ? その人達もそうだし、人が集まる場所ならそれだけ色々な情報にありつけるんじゃないかしら」
「あー、確かになあ。うん、じゃあヌクインで情報収集といくか」
「今度はどの温泉に入る?」
「目的が違ってんじゃない」
フアムの軽口はさて置き──マジュはそう言って、ちょっと入り組んだ道を行かないかと提案した。
「人がよく通るルートじゃなくてさ、逆に誰も通らなそうな場所を道すがらで潰しとこうよ。そこで精霊と会えたら万々歳って事で」
ユーシャ達はマジュの言葉に頷いた。手掛かりがない現状、非効率な手段でもそれより他はない。
一行は先日通った真南のルートではなく、真南のルートと海岸線の間にそびえる高地に挟まれた見るからに複雑なルートからヌクインの町を目指す事にした。
「結局、精霊に会えず仕舞いだったな」
朝に港町を出た一行がヌクインに辿り着いたのは既に日が暮れかかっている夕刻であった。しかし無駄ではない。徹底的に、しらみつぶしに当たって何もなかったというのも一つの収穫であろう。
「ここから南はウィズアルドの屋敷があるくらいで、ウチにめぼしい伝承が伝わってない事を踏まえると……」
「ここよりもっと東って事だね」
情報を出し合い、最後はフアムが総括した。
一旦休むか、それとも情報を探すか。ユーシャがきょろきょろと辺りを見ていると、地図を広げた若者二人が目に入った。
──東側の港町より南っていうとここらへん、森の辺りか──?
──この森って不気味で誰も近寄らないし、そうだとすると何だか信ぴょう性が出てきた気がするな──。
「じゃあ、さっきのお姫様が言ってた精霊の祠って本当にあるのかもな」
ユーシャは思わず若者二人の方へ顔を向けた。そして皆に声を掛ける。
一行は旅で疲れた振りをして精霊の祠について話す若者二人が座っているそばのベンチに腰を下ろした。
「それで、精霊と会うのがどう儲け話に繋がるんだ?」
「用心棒だったりとか色々あるだろ。きっとお姫様も戦力と考えて探しに来たに違いない。先回りして精霊の力を手に入れてさ、金を釣り上げて雇ってもらうのさ。それで適当にバックレて他の国でも繰り返せば結構な額を稼げるんじゃないか?」
何やら良からぬ事を考えている若者だったが、その話の大元、精霊の話は今のユーシャ達が喉から手が出るほど欲しい情報であった。
ユーシャ達がどうするか相談する間もなく、二人は立ち上がった。お姫様とやらの動向はわからないが、二人が出し抜こうとすぐさま行動に移しているのは明白であった。
「えっ、えっ、ど、どうしようユーシャっ!」
あわてふためくエーダを尻目に、フアムが提案する。
「祠まで付いていって、そこで背後から襲おうか」
「悪魔かお前は」
フアムが悪どい算段をしていると、マジュがおもむろに立ち上がって話し始めた。
「さあ、精霊の祠に向かう前に、言い伝え通りに温泉で体を清めましょう」
若者二人がびっくりした顔で振り向いた。マジュは横目でそれを確認し、話を続けた。
「何でこんな不毛な地に温泉があるのかと思ったけど、そういう事だったのねー!」
若者二人は顔を合わせる。そういえば、お姫様達も温泉の話をしていた──! 二人はそんな事を言って
踵を返す。そしてユーシャ一行をちらりと見ながら駆け足で温泉に向かって行った。
「さ、これで出し抜けるわ」
「え? さっきの話は……?」
マジュはあっけらかんと言い放った。
「知らないわよそんなの」
マジュ、君も悪魔だったのかい──? ユーシャは力なく、そう口にした。




