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「エルフ族の奴隷の件はいかがですか?」
シェリーは次元の門の固定化の懸念はどうなのかと尋ねる。
次元の門がこの王都の上空に出現したのは、記憶に新しいだろう。ほんの三ヶ月ほど前のことなのだ。
だが、それが固定化されれば、被害は甚大になっていたことは明白。
この門の固定化だけは避けなければならない。開いたままの門もそうなのだが、強制的に壊せば、固定化が外れた空間の暴走に巻き込まれることになる。
「この国は基本的に奴隷は認めておりませんので、入国拒否。見つけ次第即刻国外にと各師団に命じています」
「そうですか。山脈越えをして不法入国した人もいるので、担当の師団にはよく言っておいてください」
シェリーはそう言って、クソ虫を見る目でオルクスを見下す。
いや、オルクスがテーブルに頭をつけてシェリーを見上げているので、必然的に見下ろすことになるのだが。
「なに?なに?」
シェリーが、なんとも言えない視線を向けられているオルクスは、シェリーに何かを言われるのかと嬉しそうにしている。
だが、シェリーはチッと舌打ちをするのみ。
不法入国した張本人が、この話を聞いて何も思っていないのだ。
「ここに不法入国した実例がいるので、お聞きになるのもいいかもしれません」
シェリーはオルクスを国に売り渡そうとする。いや、この状況に内心苛ついていたのだろう。
「え?」
「オルクス・ガナート殿。少々隣室でお話をお伺いしたいことがあります」
瞳孔が縦に伸びたレイモンドから見下されるオルクス。だが、そのような言葉では動く者ではない。
「シェリー・カークス殿の晴れ舞台に、邪魔者が入りこまないための協力をお願いしたいのです」
だから、レイモンドは言い方を変えた。番持ちが面倒くさいことは、とある師団長により重々承知している。
「いいぞ。何が聞きたいんだ?」
「ではこちらに」
オルクスはすっと立ち上がり、機嫌よくレイモンドに聞き返す。そして別の部屋にオルクスを移動させたのだった。
「イーリスクロム陛下」
シェリーは珍しく普通に名を呼んだ。いや、これも国王に対する態度ではないのだが、『クソ狐』とは呼ばなかったのだ。
それが逆に、イーリスクロムにとって恐ろしいと身構えてしまっている。
「その昔、この地には結界の痕跡があったと聞いています」
「ああ、第一層の壁のところにあったという結界だよね。でもそんなもの今はないよ」
「はい。だから復活させました」
シェリーはクロードの手記より結界の存在を知ってから、どうにか修復できないのかと動いていたのは事実。
第零師団を再結成させたものの、魔道具に関してはそこまでの知識はなく、現状動いているものをどうにか動かしていたというだけだった。
だが、ここに来てその空島を創り上げたシュロスの存在、そして陽子が王都の全地区の掌握が完了したのだ。
結界の再構築は容易と言って良かった。
「何かことが起こった場合、第三層の人たちを第二層まで誘導してください。空島の防御機能を発動させます。あのようなことは二度と引き起こさせません!」
シェリーは強い口調でいい切った。
最愛の弟を失ってしまっていたかもしれない襲撃事件。
結界の再構築は、シェリーにとって再優先事項のことだったのだ。
「はぁ〜」
イーリスクロムのため息が室内に響き渡る。はっきり言って、このようなことは国がやることであって、個人の采配によって行うことではない。
だが、シェリーの背後には死んだとされている大魔導師オリバーがいることは、その目で見ている。なので、否定できないとイーリスクロムは思っていた。
「それはありがたいのだけどね、あまり勝手なことをしてくれると、僕がいる意味がなくなると思うのだけど?」
国王の承諾なくして王都の機構を変更したのだ。それは自分勝手と捉えられる行動だ。
下手すれば、国家反逆罪として投獄されることだったりする。
「勝手ですか?元々あった機能です。何が問題なのでしょう」
だが、シェリーの言い分は、ここを王都にしようと決めた初代国王が、その結界を利用しようとしていたのだ。元からあったものを修復しただけなので、新たに作ったものではないと。
「上水の生成魔道具もそうではないですか。元からあった機構です。それが今まで壊れなかっただけです。あ、それも大量の魔力を消費をしていましたが、元々あった場所に戻して、魔導師に余裕が持てるように采配しました」
「だから、それを……」
「これは第三師団から第零師団を引き抜くために必要なことでしたので、第零師団のことには口出しをしてこないというお約束でしたよね」
シェリーはイーリスクロムの言葉を遮って、文句は聞かないといい切ったのだった。




