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「はぁ、一応やることを終わったけど、もうギリギリだったよ」
イーリスクロムはシェリーに愚痴る。
そのシェリーはいつものくたびれた冒険者の服装に戻っていた。
そしていつも通り、カイルに抱えられて死んだ魚の目をしている。
その隣ではテーブルの上に頭を置いて、ゴロゴロと喉を鳴らしているオルクスが、シェリーを見上げていた。
何をしに来たのだという感じでいるが、イーリスクロムはそのことには何も言わない。
会議室には、イーリスクロムとおつきの近衛騎士団長のレイモンドが背後に控えているいつもの光景だった。
「そうですか。それで何で呼ばれたのですか?」
シェリーは抑揚なく答える。
オルクスが大人しくしている分には、スルーしていた。
「君、色々勝手に動いているよね。困るんだよ」
「何がですか?第零師団のことで口出しをしないでいただきたいです」
「違う。そっちはいいよ。初代炎王がパーティーに参加するという連絡がきたんだよ」
「そうですね」
「ねぇ、わかっている?初代炎王なんだよ?」
「何度も言われなくてもわかっています」
シェリーの悪巧み作戦には、炎王が必要だった。そのために参加を促したのだ。
「そんな大物を引っ張り出してどうするの?モルテ王だけでも頭を抱えることなのに」
今回のイーリスクロムからの呼出しは、ご隠居として表舞台に立たなくなった炎王を引っ張り出したことへのクレームだった。
「別に普通の王族と同じ対応でいいですよ。ちょっと騒がしいのがついてくる可能性がありますが」
「ナニソレ?まだ問題が増えるの?止めて欲しいなぁ。これ以上はいっぱいいっぱいだよ」
それはイゾラのことだろう。
だが、シェリーはそのことは言わず、別のことを口にした。
「炎王の側に、氷の精霊がいるのは有名な話ですよね」
「ああ、実態化している珍しい精霊のこと?困ったなぁ」
これはわざとだろう。
鬼王のことなど知っているものなど、普通はいない。
参加者の中で知っている者がいるとしても、長寿であるエルフ族のレイグレシア猊下と不老不死のモルテ王ぐらいだ。
そしてイゾラの存在を話すと好戦的なことも芋づる式で出てくるので、避けたのだろう。
「それで、理由はなに?僕を納得させる理由があるんだよね?」
現国王である炎王が参加する予定にも関わらず、炎国を築き上げた初代炎王も聖女のお披露目パーティーに参加すると言ってきたのだ。
普通はこのような状況は起きない。
それは国王が訪問するのに、先代の国王も同席すると言っているようなものなのだ。
このようなことはありえないのだ。
「個人的な友人です」
「あ〜、ないから!そんなこと普通はないから!初代炎王と友人って……はぁ〜」
イーリスクロムは大きくため息を吐き出した。きっと内心後悔しているのかもしれない。
このシーラン王国で聖女のお披露目をすると言ってしまったことを。
そして、それをもっと後悔することになるのだが、今のイーリスクロムは知らない。
目の前の聖女と持ち上げる予定のシェリーが悪巧みをしていることに。
「一つ確認したいのですが、あれから次元の悪魔が来たとかありますか?」
シェリーは色々動いていたので、この国の状況を確認しておきたかった。
もちろん、王都のメイルーンに来ていないことは陽子やオリバーから確認していた。
それ以外の場所での話だ。
もちろん、この後で第零師団によって裏取りをするつもりだが、国としての情報を確認しているのだろう。
「ありません。あれから我が一族が総出で王都中をくまなく調べ、怪しいものは強制的に排除いたしました」
報告はイーリスクロムではなく、近衛騎士団長でありレイモンドからもたらされた。
我が一族。あのシュロスも一目をおくスラーヴァルの者たちだ。
「王都外では?」
シェリーは、それぐらいは当然だと思っていた。だから、それ以外の地域のことを尋ねたのだ。
王都で排除対象にされても、王都周辺の都市にスラーヴァルの直感に引っかかる者が待機していれば、意味がないことだった。
「そこまでの人員は我が一族にはありません。精々、王都内が精一杯です」
「ちっ!」
それであれば、年明けに襲撃された状況と同じことが起こってもおかしくないと言っている。
そう、人が次元の悪魔に変化することだ。
年明けの強襲が宣戦布告だとすれば、開戦の開始としてもっともいいタイミングは、今回の聖女のお披露目パーティーだ。
ちょうど各国の首脳が集まっている。
そこを第一撃として襲撃すれば、もっとも大打撃となる一撃だからだ。
今回の魔王は頭が回る。
冬は次元の悪魔の行動は停止するという認識を覆し、年明けの気が緩んだときに襲撃する計画を立て実行したのだ。
だから、ここで何かをしかけてくるだろうとシェリーは考えていたのだった。




