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モルテ王は炎王が理事を務めているフィーディス商会の存在を知っていた。それもアマツの商会という認識だ。
「水龍がわざわざここにきた故に、そのときに取り決めをしていたはずである。確か、商会が存続している限りという契約のはずだったが、レガートス。その写しを持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」
モルテ王の側近のレガートスがモルテ王からの命令を受けて、部屋を出ていく。
そして、すでに契約があったことなど寝耳の水の炎王といえば、呆然としてしまっていた。
そのようなことを一度も耳にしたことがなかったのだろう。
「ルギアもジェームズもそんなこと一言も言っていなかったぞ」
商会を引き継ぐときに何もそのような話がなかったのだろう。
「いや、アマツのことだから、勝手にやっていた可能性が……しかし最近までのモルテ国内を通る危険性を考えると……」
炎王がブツブツと独り言をいい始めた。
以前にカイルが言っていたが、夜に外に出ていると、死したモノに襲撃されるのだ。
それは元は人であったモノだったり、国民であったりだ。
唯一の安全圏は、この王都の宿屋のみ。
だが、国を縦断するには一日で事足りるはずなく、数日間も夜は吸血鬼やグールと追いかけっこをしなければならないのだ。
それはどう考えてもリスクを伴う国の入国は避けるものだ。
だから、海路という選択になるしかなかった。
「失礼します。こちらになります」
思っていたより早くレガートスが室内に入ってきて、一枚の用紙を炎王に差し出した。
それは、千年前の紙と思えないほど真新しいものだった。まるで昨日今日用意されたかのような用紙。
「へー、保管の魔術。これあの魔女の魔法か?」
横目でそれを見ていたシュロスが反応をしめした。見ただけではただの紙だが、シュロスから見れば、魔術がかけられているように見えるらしい。
「そうですね。エリザベート様の魔術ですね」
シュロスの問いに肯定するレガートス。
確かに魔女の遺産を保管管理をしているのだから、これぐらいは当たり前のことなのだろう。
「はぁ、確かにフィーディス商会の存続するかぎり、交通を許可すると書かれている。だから『天津・グラシアール』って氏しかない名前の意味がわかんねぇって」
内容はモルテ王が言っていたことで間違いはなかったようだ。
そして、炎王はアマツのサインに文句を言っていた。てっきりアマツは家名だと思っていたが、まさかの名。いや、氏しかない名前と言っているので、これはアマツがわざとそう名乗っていたということだ。
「まぁ、名乗ると名によって縛られることを警戒したのでしょう」
佐々木と時々名乗るシェリーが、アマツの擁護をする。少しでも未来を変えようとしたのかもしれないと。
「しかし、そのときはまだ、モルテ王は呪われていなかったということですか?魔女の死からずいぶん経っていると思うのですが」
シェリーがそのまま疑問を口にする。
アマツが生きていた時代は、エリザベートの孫であるレイアルティス王が世界の王であるエルフ族に戦いを仕掛けていた時代だ。
そうなると、エリザベートは既に亡くなっていると思われる。
「そのときはまだエリザベートの遺産の整理をしていたぐらいだ」
確かに一部屋まるまるみっちりとエリザベートの遺産が保管されていたのだ。
管理するのも年単位になったのだろう。
「しかし、水龍は面白い体質であったな。この国で日の光が空から降ってきたのは、王になってから初めてのことだったからな」
これは、とても大変なことではないのだろうか。吸血鬼の国で太陽の光が大地に降り注ぐなど……。
いや、外交を努めているレガートスは、普通に他国に出向くことがあるようなので、問題はないと認識していいということか。
「あれで、日中に外に出ていた者が、幾人か消え去りましたね。死のない我々の死は壮絶だと思わされました」
「……え?もしかして、この国全体が隔離された世界という認識になるのか?俺、ヤバくないか?」
今いる場所には窓がないので、炎王の存在が悪影響を現在進行系で及ぼしているのか判断できない。
「そうですね。モルテ国中に神の加護が行き渡っているので、ダンジョンと同じく一つの世界という認識かもしれませんね」
シェリーは小さな一つの世界だと認識できる要素はあるという。
闇の神オスクリダーの加護が国全体に行き渡っている。そのため、昼間でも薄暗い。
強いていうのであれば、夕闇の世界と夜の世界が交互にやってきているという感じだ。
「ちょっと外に行って確認したほうがいいのか?知らない内になにか起こって怒られるのは嫌だぞ」
龍人族の特性とはいえ、力がある世界であればあるほど、影響を及ぼしてしまう世界への干渉能力。それも本人が制御不能という使えないものだった。
そして、いつも炎王が直接なにかしたわけではないにも関わらず、ダンジョンマスターの陽子やユールクスに文句を言われるのだ。




