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「神に願いを口にしても良いのかという戸惑いがある」
モルテ王はラフテリアの意見を否定はしなかったが、肯定もしなかった。
それは、この国の民が心からの願いを白き神が聞き届けることがなかったことが起因だろう。
そして、信仰をまったくもっていなかった、死の神と闇の神が救済の手を差し出してくれた。
神に願いを口にすべきではないという考えがあるのかもしれない。
そして、星の女神ステルラに関しては、加護ではなく業をモルテ王に与えた。
それが天罰だと言わんばかりにだ。
「そうですね。結局モルテ神の良かれと思って施した加護も中途半端でしたので、良し悪しでしょう」
シェリーはそんなモルテ王にアイラに施された加護を取り上げて、そこまで頼るものではないと言う。
神々を扱き使ったシェリーの言う言葉ではないと思うが、加護に期待するほどの力がないのも事実だ。
いや、内心シェリーは、ラフテリアを人々の前に出すのは危険だと思っているので、諦めるように促しているだけなのだろう。
「うーん?途中からなので、よくわからないけど、シェリーちゃんは黒に対する忌避を払拭したということでいいのかな?」
「そうですね。ロビン様。ただし、黒に対する忌避感は払拭しましたが、今までの認識がなくなるわけではありません」
そう人々の心の抵抗感はなくしたものの、今まで黒を避けていたという記憶が無くなるわけでもなく、歴史が無くなるわけでもない。
シェリーは黒をまとう聖女として、各国の代表に紹介されることになる。そこで、顔をしかめる者が出てくるのは予想できるというもの。
前聖女と勇者の子。それは事実であり、勇者ナオフミが世界の六分の一を焦土化したことがなくなるわけでもない。
そうすると、シェリーを聖女だと受け入れられない国の代表が現れるのも大いに予想できる。
だからこそのミゲルロディアであり、モルテ王であり、炎王なのだ。
彼らを敵にしてまで、今代の聖女を否定するものはいないだろう。
そう、人の心を変えたと言ってもその程度なのだ。操るのではなく、ちょっとした黒に対する抵抗感をなくすだけのこと。
だが、破壊の象徴であるラフテリアがその場に現れるのは違うだろうというのがシェリーの意見だ。
彼女には対外的に積み重ねてきた実績がない。モルテ王の噂話は有名だが、王として存在し、4000年間も国を維持してきたという実績がある。
いや、他国が介入できなかったのが大きいのだが。
彼は王である。それは紛れもない事実。
そして、彼の起こした被害は国外にはもたらされなかった。
だから、所詮噂話でしかない。
しかし、魔人は違う。
その強大な力は歴史に刻まれ、各地に痕跡を残してしまっている。
だから、人々は番狂いを恐れた。
いつかは魔人となり、その凶暴な刃が己に降り掛かってくるのではないのかと。
「それで、モルテ王は人々の認識をガツンと変えようとしているんだね」
「そのとおりだ」
「うん。わかった」
ロビンはシェリーが何をしたのか。そしてモルテ王がどうしたいのか理解したと頷いた。
「リア」
「なあに?ロビン」
「白き神に祈ってみようか、リアの大きすぎる力を抑えるものをいただきたいと」
「力?わたしは聖女だけど、あまり力はないよ?」
ラフテリアはロビンにまとわりつきながら首を傾げていた。
自分にはそういうほど力はないと。
「あ?そいつ何を言っているんだ?喧嘩売られているよな?」
「イゾラ。頼むから黙っていてくれ。ヴィーネと同じだ。力を抑えるには何かが必要なのだろう」
イゾラが何を言っているのかと疑問を口にしている横で、炎王が冷静に分析していた。
そう、同じような存在が近くにいるのだ。
ここに来てから何個目だろうというアイスを食べているヴィーネ。
ヴィーネは言っていた。アイスをくれないと国を凍らせると。
脅しのように聞こえるが、炎王が何も言わずにアイスを与えている。このことから、与えないことでヴィーネが食べたという氷竜の力が暴走するとも捉えられる。
シェリーが作る菓子も好んでいることから、異界の力を取り込めば抑えられると解釈できた。
「聖女の力はシェリーちゃんに渡したけど、それ以外の力のことだよ」
「わかった!」
そう言ってラフテリアは床に膝をつき、神に祈りを捧げるように両手を組む。
「神様。神様。白き神様。ラフテリアの力を……?弱くするの?」
「外に出ている力だね」
「外に出ている力を弱くしてくれる物?でいい?」
「力を弱くするものをいただきたいだよ」
「力を弱くするものをいただきたいです!」
ラフテリアはロビンの言葉を疑うことなく、そのまま言った。
絶対的な信頼。聖女と守護者だったが、その絆が切れてしまったあとでもラフテリアはロビンを手放すことはなかった。
彼女の愛がロビンを生かし、ロビンの存在が彼女の心を人でいさせたのだ。
『魔人の力は僕の領分じゃないんだよね』
「そう言うと思ってました」
だがシェリーの耳に聞こえてきたのは、あっけらかんとした白き神の否定の言葉だった。




