4.好みのタイプだったみたいです!?
◇
「ええと? 殿下、本日は……」
「サディアスと呼んでほしい。君と俺の仲だろう?」
殿下──サディアス様は、やけに熱のこもった視線をこちらに向けてくる。
「ええ、はい。それではサディアス様」
確かに学園でもいつも近くにいるけど、どういう仲だろう? 主と従者?
「なんだ?」
「本日はその、どのようなご用件で?」
先ほど、結婚がどうとか言っていた気がするが、聞かなかったことにして話す。
周囲の従者や護衛たちも何も言わないので、不敬には当たらないのだろう。というより、彼らも戸惑っているようだ。
「先ほども言ったが、俺と結婚してほしい」
やっぱり結婚と言っていたんですね。婚約ではなく。
「結婚、ですか? 婚約ではなく?」
「ああ。本来なら、俺がソニアと婚約したかったのだがな。ローランドの奴に先を越されてしまった。まったく、クロクス侯爵もケチくさいことをせず、鉱山の一部ではなく、最初から丸ごと差し出していれば、こんなことにはならなかっただろうに……」
「まったくですな」
同席しているお父様も同意している。
ああ、なるほど。お父様は当時から私とサディアス様を婚約させたかったのですね。
でも、問題があるのです。
「ですが、サディアス様は王太子です。私は王妃教育をしていませんよ?」
王妃教育は、どんなに優秀な令嬢でも、十年はかかると言われている。今からやっても、間に合うとは思えない。
「いや、ソニアに施してきた教育は王妃教育だ」
「え?」
「正規に殿下の婚約者──」
「結婚だ、伯爵」
「──失礼しました。結婚をしなければ学べない部分は省いてありますが、それ以外は既に習得済みです」
「そうなのですか?」
確かに友人のご令嬢たちに比べて、学ぶことが多いような気はしていたけど……。
「気づかなかったのか?」
「は、はい。学ぶことは多かったのですが、母に勉強のコツを教えていただいたので、そこまで躓かずに学び終えました」
「殿下と結婚しなくても、使える知識や教養ですからね。学んでおいて損はありません」
「なら、条件はクリアだな!」
「ですが、どうしていきなり結婚なんですか?」
「ローランドは五年もの間、ソニアを独り占めしてきたのだ。これからは俺がソニアを独り占めしても良いだろう。
婚約者を作らないように、父上が病むまで言い続けた甲斐があった!」
殿下……なんということを……。陛下は大丈夫なのだろうか?
「殿下、在学中は避妊は心がけてくださいね?」
「善処しよう」
「え? え?」
そういうコトも込みなのですか!?
王太子派の我が家にとっては、願ってもない申し出だったので、私の意見をよそに、書類上の婚姻はあっという間に成立した。
もっとも、学生の間は男女のそういうことは控えるそうなので、実質婚約期間ということになる。
「さて、あとはお二人でお話ししてください」
父が応接室を去り、部屋には私とサディアス様だけになった。
「……」
「……」
少し、気まずい。
「ソニア」
「はい」
「あの……怒っているか?」
「え?」
「だって、いきなり結婚とか言い出して、ソニアの気持ちも無視しているし……」
その自覚はあったのか……。
「いえ、このままでは嫁の貰い手がいない可能性もあったので、助かりました。でも、私でよろしいのですか?
そもそも、蘇生魔法の使用回数はあと一回ですし……」
それがなくなると、生活魔法に毛が生えた程度の魔法が使える程度の普通の貴族令嬢だ。
王宮で働く侍女を目指していたので、その程度の魔法は使える。
「俺は、ソニアが蘇生魔法を持っていなくても、妻に迎えたいと思っている。
確かに、惚れたきっかけは、父上を助けてくれた時のかっこ良い君だ。その後の交流でも何度も助けられたし、惚れ続けない理由なんてなかった」
「そう、ですか……」
今まで考えないようにしてきたが、サディアス様は金髪翠眼のイケメンである。
普段の彼は、王子様らしく振る舞っている。けれど今は、自信なさげにこちらを窺っていた。まるで捨てられた子犬のようで、その落差がとても可愛らしい。何故か胸がドキドキしてしまう。
どうやら私は、こういったギャップに弱かったようだ。
それなら、断る理由はない。この可愛い子犬を、私だけのものにしたい!
「……では、末永くよろしくお願いします」
「──ああ! よろしく!」
こうして、私は婚約を飛び越えて、結婚することが決まった。
もっとも、あくまでも書類上だけど。
◆
その後、フラワリングケール伯爵家とクロクス侯爵家で話し合いが行われた。
場所は我が家。
そこへ、ローランド様とご両親がやってきた。
今回確認するのは、ローランド様の有責によって婚約が破綻した件、貴重な蘇生魔法を一回無駄にしたことへの補償、そして諸々の慰謝料についてだ。
書類上のやり取りは既に済んでいるので、話し合いといっても今日はその確認がメインだ。
そして、ローランド様が謝罪をしたいということだった。
我が家では両親と兄が同席し、迎え撃つ。
「この度は大変申し訳なかった!」
クロクス侯爵が頭を下げると、それに合わせて夫人とローランド様も頭を下げる。
ご両親もローランド様も顔色が悪い。
「やってしまったことは仕方がありません。慰謝料もいただきましたし、ソニアも蘇生しました。まあ、蘇生魔法を一回無駄にしてしまったのは痛いですがね」
「本当に、申し訳ない……」
「そのあたりの補償もいただきましたので、我が家としては既に文句はありませんよ。あとは──」
お父様が私を見る。
「私も謝罪をいただければそれで結構です。ですが、誤解されたままだと気分が悪いので、今一度ご説明させていただきます」
ずっと気まずそうに床を見ていたローランド様が、視線を上げる。
「私は、聖女であるルース嬢に対し、嫌がらせをしたことは一切ありません」
「ソニア……分かっている。全ては私の勘違いだった……」
ローランド様は一息置いて続ける。
「本当に、すまなかった……」
ローランド様は深々と頭を下げた。
「……」
その姿を見て、これまでの記憶が蘇る。
始まりは私が彼を助けたことからだが、学園に入るまではその関係は悪くはなかった。
胸の奥が微かに痛み、瞳が潤んだ気がして目を閉じる。
本当にこれで良いのかという考えが一瞬浮かぶが、私の心は決まっていた。
そして、再び彼の目を見て、別れの言葉を告げる。
「謝罪は受け取りました。ローランド様、いえ、クロクス侯爵令息。今までありがとうございました」
「──っ」
ローランド様が顔を上げる。
その表情は今にも泣きそうだ。
「お元気で」
「ああ、君も……」
こうして、私たちの婚約は終わった。
◆
その後、ローランド様はクロクス侯爵家の跡取りとしての地位を失った。更に、辺境の騎士団学校へ編入することが決まった。
クロクス侯爵家の家督は、彼の弟君が継ぐそうだ。卒業後はそのまま、辺境の騎士団に入るらしい。
貴族の籍は抜いていないが、これは監視のためであり、一種の罰でもあるのだとか。
家名を名乗らないといけないということは、彼が北の辺境へ行くことになった理由を、周囲から詮索されてしまうかもしれない。
そうなれば、ローランド様は厳しい環境に置かれることになるだろう。
事情を詮索されれば、クロクス侯爵家にもよくない噂が立ちかねない。それでもローランド様への戒めとして、クロクス侯爵はその可能性さえ受け入れているのだという。
だが、我が家も彼の家も、彼が再起することを邪魔するつもりはないのだ。どうなるかは彼次第である。
話し合いから数日後、ローランド様は北の辺境へと旅立った。
きっともう、会うことはないだろう。
そう思うと少し寂しくもあった。
◆
その後、ルース嬢にストーカー行為をしていた男子生徒たちも罰を受け、全員が停学となった。
噂の発生源も彼らだったが、私が殺されることは誰も予期できなかったし、直接は関係がなかったのでその処分で納得した。
彼らの家からは謝罪文が届いたので、それで手打ちとなった。
ルース嬢の聖女資格は剥奪されなかった。
今回の事件は、完全に神殿の余計な介入が原因だったので、ルース嬢にはお咎めはなかったようだ。
ただ、今後は生涯、国に仕えることが決まったらしい。
相思相愛の婚約者と再び婚約し、今後は実家の領地近くにある小神殿で聖女として活動しながら、平民向けの学校に通うという。
王都を発つ前、彼女と一度話す機会があった。その席で、ルース嬢とその婚約者は私に平身低頭して謝罪し、私はそれを受け入れて二人を見送った。
私といえば、本当にサディアス様と結婚していた。
学園生活中は結婚していない時には学べなかったことを学びつつ、前よりも充実した学園生活を送った。
さすがに在学中は、夫婦らしいことは控えていたが、それでも三年生の時、とうとう本当の夫婦になってしまった。
そのことは、なぜか陛下やお父様たちにも知られており、少し怒られた。
改めて王家の〝影〟の存在を認識した一件だ。
そして、ローランド様と会うことは最後までなかった……。




