贖罪
ダンジョンに併設された酒場で空になった食器を見ながら"はぁ"と一つため息を一つ落とす。
毎度のムーブだ。護衛の任務が終わって一週間、パーティを解雇されてから一月が経っていた。
追加の褒賞金は30万セルスだった。依頼料と報奨金で37万セルス。多少なりとも懐具合は良くなったが、先が見えないというのは相変わらず変わらない。今日も絶賛"昼ごもり中"である。
"はぁ"と、背後から同じため息が聞こえた。出したのは青髪の剣士の少女、ヴィアだ。ここ一週間、昼過ぎになるといつもこうして背中合わせの席に座っている。とはいえ、最初に会ったあの日以来、一度も会話はしていない。
『いっそ冒険者辞めるか。』
あてはある。
金が尽きる前に新しい仕事を探す。それは、もっとも現実的な選択肢だ。
『だけどなぁ。』
前世の記憶がふっとよみがえる。ペコペコ頭を下げて仕事をもらい、不満も言えず、毎日、職場と家を往復するだけの生活。
感情の起伏なんてほとんどなくて、生きているのか、死んでいるのか分からない日々だった。
どこの世界でも、生きることは問答無用だ。それは分かってる。でも、あの生活をもう一度やりたいと思う人間なんて、そう多くはないだろう。
もちろん、冒険者もきつい仕事だ。危険だし、安定なんてない。それでも、“生きている”という実感がある。
ヴィアがまたため息をついた。それにつられて俺もため息をする。酒場の隅っこで、ため息の餅つきをする2人の冒険者、辛気臭い事この上ない。
酒場は広いんだから、離れて座ればいい、頭ではそう思うのに、やっぱりお気に入りの定位置というのは、なかなか変えられない。
ため息の理由は、もう一つある。例の、冒険者がモンスターに襲撃された件だ。
あの場で俺は、かなり騎士団側寄りの態度を取った。そのことを不満に思っている冒険者は、きっと多い。
特に、実際に襲撃の場にいた連中は命の危機に晒された当事者だ。彼らからすれば、俺の立ち回りは"騎士団の肩を持った"そう映ってもおかしくない。
騎士団の奴らは責任を取っていない。説明もない。金を渡されて終わり?それで済ませるつもりなのか?
"誰のせいだ?"
そういう空気になるのは、目に見えている。
一応、箝口令みたいなものは出ている。けれど、ギルドという組織で情報が完全に止まるなんてありえない。それとなく、何が起きたのかはもうギルド内に広まっているはずだ。
そうなれば、ヘイトは全て俺に向く。騎士団寄りの立ち回りをした俺が、「裏切り者」みたいに扱われるのは、容易に想像できる。
"無能のリグノ"に加えて、"腰抜けのリグノ"、"胡麻すりのリグノ"そのあたりの陰口は、きっと追加されるだろうな。
彼らの怒りの矛先として、いちばん分かりやすい“的”が俺なのだから。
まあ、分かっててやったことだし、覚悟していたとはいえ、気分はかなり重い。
いつまでも昼ごもりは続けられない。この件は、俺がロッドに二、三発殴られ、地べたに這いつくばって謝る。そして、襲撃の場にいた冒険者たち全員の溜飲を下げる。そこまでやって、ようやく終わるのだろう。
痛いだろうなぁ。ロッドは絶対に手加減してくれない。何せ、左腕を持っていかれた冒険者はロッドの恋人だ。俺が騎士団寄りの態度を取ったことを、ロッドがどう受け止めているかなんて、考えるまでもない。
今も怒りの表情で、俺を探しているかもしれない・・・。
また、"はぁ"とため息が出る。今日一番のクソデカため息だ。
「おぅ、いたな。」
食堂にでかい声が響く。ビクリとする。一番聞きたくなかった声だ。
「ロッド・・・」
もう来たのか。殴られるなら、大衆の前がマシなんだが、そのほうが、周りの冒険者たちの溜飲も一気に下がるし、俺としても“儀式”として割り切れる。
「リグノてめぇっ!!」
ロッドがツカツカとこちらへ歩み寄り、そのまま俺の胸倉を掴み上げた。
息が詰まるほどの力だ。
後ろには、ロッドのパーティメンバーが三人。全員が険しい顔で立っている。うん、準備万端ってところだな。逃げ道はない。俺は静かに、覚悟を決めた。
「なんか用か、ロッド?」
「なんか用か?だと、とぼけやがって、この日和見野郎がぁ!!」
「はぁ?知らねーよ?」
手を払いながら、悪態を吐く。この方が殴りやすいだろう。どうせ殴られる流れだ。なら、いっそこちらから“殴りやすい空気”を作ってやる。
「っ、てめぇ!」
『パンチが来る。』
そう思った瞬間。
「プッ、ハハハッハハ・・ッ、ダメだ・・・・・・、ッ、笑い堪えれねぇ。」
突然、ロッドが破顔した。
「あれ?」
「はぁ、何やってんだか・・・」
笑い続けるロッドの横から、そっと女性が一歩前に出てきた。名前はシーシアだったか。
「・・・・・」
「ゴメンね、馬鹿が暴走しちゃって。」
呆然とする俺を見てシーシアが謝る。
「俺を非難しにきたのじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。みんなリグノ君に感謝しているよ。」
「感謝?」
「護衛で危険な目にあったり、命を落としても普通は追加で金なんか貰えない。貰えたのはリグノ君のお陰、そうでしょう?それに死者の名誉も守られた。」
「嘘をついて、事実を曲げ、騎士団に味方した。」
俺はソムセスを助けたいと思っただけだ。命の恩人である。けれどそれは個人の都合だ。金も名誉も単なる副産物だ。命への冒涜、嘘への罰は必要だろう。
「まじめねぇ。」
「俺も最初聞いたときはムカついたけど、よく考えれば、リグノは何も悪くねぇもんな。」
笑いから復活したロッドが会話に入ってくる。
「しかし・・・」
「まー冒険者になりたてのE級が一人、でかい声でリグノの事を非難していたけどな。」
ロッドが俺の声を遮って続ける。
「襲撃されていた時、しょんべん垂らして、棒立ちになってた奴がだぜ。卑怯者とか腑抜けとか抜かしたから、うるせえんで、ブン殴ったら黙ったな。あんな奴の為に、D級が四人も亡くなったと思うと逆に腹がたつぜ。」
「そんなわけで、憎まれ役はその新人君が受け持ってくれるらしいから心配しなくていいよ。」
シーシアが補足するように言った。この娘結構ひどいな。
「フッ」
不謹慎だが、思わず失笑してしまった。
「冒険者なんて二、三歩 歩けば過去の事なんか忘れてる奴ばっかりだ、気にすることはねぇ。」
「それから、ヴィアさんもありがとう。」
シーシアが、俺の後ろにいたヴィアにも礼を述べた。
そういや、こいつも居たんだっけ。
背中合わせでため息をついていたせいで、すっかり“背景”みたいになっていたが、ヴィアはちゃんとこの場にいて、しかもロッドたちの一連のやり取りを最初から全部見ていたわけだ。
「私は自分の仕事をしただけ。」
ヴィアがそっけなく答えた。
「まぁ、昼ごもりも程々にな、ヒーロー」
ロッドがポンと俺の肩を叩く。
『ヒーローか・・・』
俺の考えではあの場にヒーローは三人いたと思う。パーティを顧みず、助けを呼びに行くことを優先したロッド。助けに来たソムセス。そして、一人でイビルコングを四体も相手にした、ヴィアだ。この三人は同時に命の恩人でもある。
「角ネズミのお肉美味しかった。良かったらまた作ってね。」
「じゃあな」
言いたいことは言ったのか、ロッド達が去っていく。
シーシアは片腕を失ってもなお、冒険者として生きていくつもりなのだろう。会話していても、暗い影を感じるところがまったくなかった。強いと思う。それに比べて俺はパーティを首になったぐらいで、うじうじと昼ごもりか。




