ティング
「話は分かった。」
目の前で冒険者のギルド長が頷きながら言った。50代のいかついおっさんだ。
場所は街の中央部にある集会所。モンスター襲撃の顛末の確認とその解決をしたいということで、騎士団とギルドの双方から代表者が集められた。
騎士団側は、騎士団長、ソムセス、それからその部下数名。
冒険者側は、ギルド長、副ギルド長、書記、職員二人。
そして証言者として、俺とヴィアが参加している。
ロッドも呼ばれていたはずなのだが、この場にはいない。
(こうした集会はティングと呼ばれる。国教であるテミス教に由来する習慣で、関係者が一堂に会し、参加者全員に発言権が与えられ、問題の解決にあたる場だ。ティングでは、いかなる理由があっても暴力の行使は禁じられている。そのため、参加者は全員、武器を持たずに集会に臨む。)
今回のティングは、遠征中に発生したモンスター襲撃について、その原因の究明と、誰にどのような責任があるのか、そして今後のための解決策を話し合う場となっている。まあ、用は示談しましょうと、そう言うわけだ。
「・・・・」
「今回の事、どう始末をつけるのですか?」
俺たちの話を聞き終わった後、ギルド長が騎士団側に向けてそう言った。
「始末とは?まるで責が騎士団にあるみたいな言い方に聞こえますが?」
テーブルの反対側から騎士団長が反論する。こっちもいかついおっさんだ。ギルド長より少し若い40代というところだろう。
「ほう、責任がないとでも?」
腕組みをしながらギルド長がふんぞり返る。
「護衛の任務が危険なのは承知の事。それで死者がでたから、こちらに責任を求めるというのはいささか乱暴なのでは?」
騎士団長が"コンッ"と人差し指で机を一回叩いた。
「では何故冒険者だけ四人も無くなったのです?」
イビルコングの襲撃による死者は四人。いずれもD級だった。
恐らく、シャウトによる恐慌状態に陥らなかったため、優先的にイビルコングの標的になったのだろう。
逆に、恐慌状態になったE級は全員生存している。何が幸いするか、本当に分からない。
死者は四人だが、左腕を失った者が一人いる。冒険者としては致命的だ。結果として、冒険者ギルド側は実質五人を失ったことになる。
そりゃ、文句の一つも言いたくなる。
「臨時で雇われた冒険者や外部の者が外側を固めるのは常の事だ。あたりまえだがその分、危険度はあがる。」
騎士団長が反論する。
「ふん、よく言う。外を固めるというには本隊から大分距離があったようですが?」
ギルド長が片眉を器用に上げながら嫌味な言い方をする。
「陣営のありかたについては、こちらの専権事項だ!」
騎士団長が少し語気を強める。
うん、なんかヒートアップしてきたな。
「危険を伴うような配置をしておいて、専権事項とは騎士団様はずいぶんと横柄なのですなぁ。」
ギルド長がこちらを見た。いや、同意を求められても困る。そもそも、状況の確認と解決のための会議だろう。政治的な駆け引きは、別の場所でやってほしい。
「護衛という任務は命を懸けてやるものだ、冒険者の癖に、その程度の覚悟もないのかな?」
”やれやれ”と騎士団長。
「話になりませんな。命を懸けると、危険に晒す、では全く意味が違う。」
”はぁ”とため息をつきながらギルド長。
「軟弱な冒険者ばかり派遣しといてよく言う。」
「ふん、こちらは裁判所に訴えても良いのですがね。」
ギルド長がうそぶく。
「やれるもんならどうぞ」
騎士団長がスカす。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
テーブルを挟んで、騎士団長とギルド長が睨みあう。さっきから似たような問答を繰り返している。結論は決まってるのだからさっさと和解すればいいのに。
まぁ、所詮こいつらは冒険者の命なんて重く見ていない。ギルド長も「死者が出たことは心苦しい」とか言っていたが、現場で死んだ冒険者の名前を一人でも挙げられるかといえば、まず無理だろう。
結局のところ、ギルド側が気にしているのは死者の数と、騎士団側にどれだけ落ち度があったか、その追及だけだ。
「野営が"隔離的"だったのはこちらの落ち度だ。すまなかった。」
そう思ってたら、突然、ソムセスがこちらに向かって"ガバッ"と頭を下げる。
「ソムセス、貴様何を言い出す。」
「団長、あの幕営が問題なのは内からも指摘されていました。」
「ほう、それは責任を認めるという事ですかな?」
ギルド長がニヤリと笑う。
「お前は勝手にしゃべるな。ここはそういう場ではない。」
騎士団長がソムセスを叱責する。
「しかし・・・」
言葉を継ごうとした、ソムセスを騎士団長が睨みつける。一応、自由な発言が許される場なんだけどなぁ。
仕込みという感じでもない。騎士団側の内輪揉めか。このソムセスという騎士、良くも悪くも真面目すぎるのだろう。騎士団長とギルド長の腹の探り合いやマウントの取り合いなんて、いちいち真正面から受け止めず放っておけばいいのに。
とはいえ、このまま話が進めば、責任は騎士団側に押しつけられ、ソムセスは内部で処罰されるだろう。
ソムセスは俺の命の恩人でもあるし、個人的には嫌いじゃない。だからこそ、こういう茶番で彼が割を食うのは、正直、見ていて気分が悪い。
そもそも、ソムセスからすれば冒険者を見殺しにすることだってできた。助けを呼びに走ったロッドを斬り捨て、あとは冒険者たちを放置すればいい。死人に口なしだ。もし生き残りが出ても、「助けが間に合わなかった」と言い張れば済む話。うまく全員死んでくれれば、もっと適当な言い訳を並べることもできただろう。
だがソムセスは、そんな卑怯なことを一切考えず、ロッドの報告を聞くや否や、真っ先に駆けつけたのだろう。よくも悪くも真っすぐな奴なのだ。
『どうするか・・・?』
先ほども言ったが、この事件の後処理の行方はほぼ決まっている。利害が衝突していないからだ。
問題は、騎士団と冒険者ギルドの仲が悪いこと。そして、一冒険者にすぎない俺の意見が、どこまで聞き入れられるかだな。騎士団から見れば、俺なんて外部の人間に過ぎない。
うまく話せればいいのだけど・・・。
まぁ、失敗したところで馬鹿がもう一人増えるだけだ。
『やってみるか。』
腹を決める。
「あの~、さっきの報告ですが、少し誤解しているようなので、整理したいのですが?」
俺が小さく右手を上げながら会話に割り込んでいく。
「「なんだ、貴様。」」
ギルド長と騎士団長の声が、まるで示し合わせたかのようにぴったり重なった。
なんでこういう時だけタイミングが合うんだよ。仲良しか?
まるで針の筵に座らされている気分だ。もう、正直止めたい。
「あ、いえ、この場は襲撃の顛末を報告する場でもあった筈です。なので間違って伝わっているなら修正の必要があると、宜しいですか?」
「ふん、いいだろう。」
騎士団長が、顎に手を添えたままこちらをじっと見てくる。
騎士団側としては不利な状況だ。ギルド側の俺が何か失言でもすれば、形勢がひっくり返るかもしれない。そう考えたのだろう。
対するギルド長は、ギロリと俺を睨む。
"余計な事言うなよお前"そんな感じだな。
両者の思惑が真逆の方向から同時に刺さってきて、なんとも居心地が悪い。
「では再度報告させていただきます。」
少し間を取った後、続ける。
「まず、モンスターの襲撃時間ですがこれはさっき報告した通り、6日目の夜半刻です。」
騎士団長とギルド長が首肯する。
「次に襲撃場所ですが、これは隣国との中間地点の森の広場で、本陣営から|"30"メートル(・・・・・・・)程度離れた地点でした。」
「何を言う、お前さっき300メートルは離れてたといったではないか!」
ギルド長ががなり声をあげるが、俺は無視して続ける。
「更にモンスターの数ですが、イビルコングが七十匹ほど周りを囲むように襲ってきました。」
「は?貴様はさっきは"七匹"と言ったではないか。騙る気か!」
今度は騎士団長。
「いえ、先程もそう言いましたよ。どうもお二人が数字を一桁勘違いし、揉め事になっている節があるので、再度の報告をと思っただけで」
俺は敢えて笑顔で応える。
周りの人間は何言ってんだこいつ?という目で俺を見ている。距離も数も、全部デタラメ。大嘘もいいところだ。
イビルコング七十匹なんて、本来なら厄災級だ。それが30m先で暴れてるのに気がつかない。そんなのありえない。ストレスで吐きそう。でもね。いいんだよこれで。
「我ら勇ましき冒険者団は襲撃してきた七十匹ものB級モンスターを防ぎ、くしくも四人の尊き命が失われました。そこに異常を聞きつけた、騎士団様が現れ、冒険者と共にこれを撃退。護衛の役割を見事に果たしました。」
「・・・・」
「ククッ」
少しの沈黙の後、騎士団長が小さく笑う。
「それが貴様の考えたシナリオか?」
猿芝居だよな。でもね。真実なんてどうでもいいんだよ。問題は誰も損しない方法を考える事だと思う。
今回の外遊の目的の一つは、領主の長男に箔をつけることだ。だからこそ、あえて農民や冒険者を護衛として雇った。そのほうが"市井からの支持が厚い"ということになる。
つまり、騎士団側がもっとも恐れているのは、長男の名に傷がつくことだ。
配置にミスがあり、モンスターの襲撃で死者が出た。そんな事実は、放っておけば醜聞になりかねない。
だが、少し数字をいじれば美談にもなる。"多数のモンスターを撃退し、領主の長男は勇敢に帰還した"そんな話に仕立てることは難しくない。
対する冒険者ギルドの要求は単純だ。今回の件に対する補償、つまり金だ。名誉を守りたい騎士団。金が欲しいギルド。どちらの利益も衝突していない。
さっきも言ったが、利害がぶつかっていない以上、解決の道筋さえ示せれば、決着なんて簡単につく。
「私は事実を言っただけです。」
「フム、なるほどなぁ。」
騎士団長がギルド長を見る。騎士団長は俺が何を言いたいか分かったのだろう。ギルド長は手に顎を乗せて、少し考えている。もう一押しだ。理は説いた、後は情だな。
「ギルド長は元冒険者と聞きました。今回くしくも四人もの命が失われ、一人は腕を失いました。しかし、誰一人逃げることなくこの厄難に立ち向かい。その決断と勇気が、残された者たちの命運を左右したことは疑いありません。この"誉れ"を汚すことのなきようご配慮願います。」
建前だよな。騎士団を正規軍とするなら、冒険者ギルドは傭兵のような立ち位置だ。
名誉よりも実利を優先する。それがギルドの性質だ。
とはいえ、"ほぼ何もできずに四人死にました。"なんて報告では、ギルド側だって体裁が悪すぎる。
それに、今回の件で責任が騎士団だけにあるとするのも無理がある。配置ミスは確かに騎士団の落ち度だが、冒険者側にも準備不足や油断はあったわけで、どちらか一方だけを断罪する構図は現実的じゃない。
だからこそ、建前を整え、数字を調整し、双方が"まあ、これなら納得できる"と思える形に落とし込む必要がある。
「・・・・」
こんどはギルド長が騎士団長を見る。そして、同時に軽く頷いた。やっぱりこいつら仲良しかよ。
「今回の事、大変な名誉である。亡くなった四人の冒険者の親族には見舞金を、残りの十六人および、冒険者ギルドには特別報奨金を支払うとしよう。」
こちらの意図をきちんと汲んでくれたようだ。見舞金、報奨金と言ってるが、実際は口止め料だ。
ギルド側からしても、名誉を重んじる騎士団から、慰謝料を取るのは難しい。それよりは褒賞という形で金を取った方がいい。
泥沼にならず、欲しいものだけ手に入る。解決の方法としてはありだろう。
「一人 左腕を失った者がいます。」
俺が補足するように言った。
「分かった、その者には追加で功労金を払うとしよう。それで宜しいかな?」
「ありがとうございます。」
素直に礼を言う。
「リグノ君と言ったかな。真実が聞けて良かったよ。」
あ、名前を覚えてくれてたんだ。騎士団長がスッと手を差し出す。
俺は右手で握り返し、左手を軽く添えた。そして、もう一度"ありがとうございます"と伝えた。握手の時、微妙に"ギュッ"と握られたのは不問にしておこう。まぁ、領主長男の名誉を盾に強請ったともとれる。思うところだってあるだろう。俺だって、こう見えて怒ってんだけど。
「では、もう少し話を詰めましょうか。」
ギルド長と騎士団長が笑顔で握手をする。こっちは普通の柔らかい握手だ。
二人とも狸だな。まあ、それくらい腹の底が読めない人間じゃないと、上には行けないんだろう。
残る問題は、今回の責任の所在が曖昧になることだ。だが、どうせ騎士団側はその部分を濁す。
なら、ソムセスのような騎士が残ってくれて内部から改善するのを期待した方がいいだろう。
ヴィアは結局最後まで一言もしゃべらなかった。




