野営
「ここまでで何か問いはあるか?」
目の前の騎士が事務的な態度で話す。
「・・・・」
質問がないのを確認し、騎士が自問するように、一回頷く。
「確認するが、私の名は"ソムセス"だ、野営中に何かあれば、私まで取り次ぐように。」
最後にそう言い残し、騎士は部下を連れだって去っていった。
護衛一日目の夜。
隣の領までは二日かかるため、今日は道中の広場で野宿だ。
野営は、騎士団二百人の塊、農民八十人の塊、冒険者二十人の塊。
そんなふうに、集団ごとに分かれて陣を張る。
護衛なのに本陣を囲まなくていいのか?そう思うだろうが、これでいいのだ。そもそも騎士団は、急に雇った農民や冒険者に防衛力なんて期待していない。
それより、変に動き回られたり、騎士団グループや農民グループに近づいて、余計な騒動を起こされる方が面倒だ。だから、集団ごとに分けて管理する。そういう方針なのだろう。
しかし、それにしても本陣との距離が遠い。確認したが、たぶん三百メートルは離れている。
大丈夫かな。一応、この辺りはモンスターも出るんだけど。
野営側に眼を向けると知っている顔も多い、E級冒険者、D級冒険者が多いのかな?まぁ、日給一万は、低ランクには美味しいが、高ランクの冒険者には決しておいしいとは言えない。こないだ食堂で見かけた"青髪の剣士"も参加しているようである。
「おうっ、リグノ」
ああ、こいつもいたな。
「なんか用事か?ロッド?」
気安く声をかけてきたのは、ロルフェルドという男だ。名前が長いので、仲間内ではロッドと呼ばれている。俺と同じD級冒険者。
「なんだ、連れねぇなぁ。パーティを首になって性格まで悪くなったか?」
こんな感じの男だ、嫌味っぽいことを言うが、本人に悪気はない。考えたことがそのまま口に出るタイプなのだろう。親しげに話してくるが、別に仲がいいわけじゃない。たまに喋るクラスメイト、せいぜいその程度の距離感だ。
「そっちは最近どうなんだ?」
首になった話はしたくない。話題を変える。
「そこそこだな。洞窟に籠っている方が好きなんだが、リーダーが今回の護衛依頼に申し込んでしまってな。」
ロッドは親指で後ろを指しながら言った。どうやらパーティと一緒に来ているらしい。
「隣国と往復するだけで、7万セルスだ、悪くないだろう。」
面白味はないが、稼ぎという意味では確かに悪くない。冒険者としての実績にもなるし、冒険している気分にもなる。
「ま、気分転換にはなるな。」
余裕のある発言だ。ロッドは着々と実績を積んでいて、そろそろC級冒険者になるだろう。他人を羨んでも仕方ない。そう思おう。
「それより焚火の傍に移動したいのだが?」
「なんだ、寒いのか?」
「いや、こいつを炙りたくてな。」
俺は鞄から出したものをロッドにみせる。
「なんだそりゃ?」
「これか?角ネズミ肉の燻製だ。」
「角ネズミぃ!?」
ロッドが素っ頓狂な声を上げる。無理もない。角ネズミの肉はクセが強く、可食部分も少ない。調理にも手間がかかるせいで、市場に出回ることはまずない。冒険者でも、暇で金のない連中くらいしか食わないだろう。ギルドの資料室の本には、きちんと"食肉になる"と書いてあるんだけどな。
「支給された飯が少なくてな。追加で食おうかと」
遠征とか護衛とかの依頼で支給される食事が少ないのは常の事だ、荷物は少しでも減らしたいからな。それを予想して自分で予備食を用意したというわけだ。
「・・・・・」
俺が焚火の傍に移動するとロッドも連いてきた。ただ暇なのか、角ネズミの肉に興味があるのか。
腰を下ろし、肉を炙りだすと、燻製する時に使ったチップの香りが僅かに漂う。肉の匂いと混じり合って、食欲をそそるいい香りだ。
二十秒ほど遠火にあて、そのままパクつく。
うん、うまい。やはり炙るのが正解だな。チップの濃い香りが鼻から抜けるように脳を刺激する。味付けは塩だけだが、それで十分だ。噛めば噛むほど旨味が出てくる。酒が飲めないのが残念過ぎるな。
「う、うまいのか?」
肉を味わっていると、ロッドが声を掛けてきた。周りを見ると、ロッド以外の冒険者もこっちを見ていた。匂いって回りに広がるからな、飯テロに近いのかもしれない。
「うまいよ。欲しいならやるが?」
まだ燻製肉は4枚ある。1枚ぐらいは分けても問題はない。
「まじか!?いや、しかし、角ネズミねぇ。」
ここら辺は前世の感覚に近いのかもしれない。美味そうに見えても、ネズミの肉と聞けば尻込みする人は多い。
「いらないのか?」
ロッドは悩んでいる。興味が勝つか、嫌悪感が勝つか、葛藤しているのだろう。
「いや、貰う貰うよ。」
どうやら興味が勝ったようだ。いや、単に食欲が勝ったのかな?
「残すなよ。」
やるのはいいが、残されるのは気分が悪い。一応、釘はさす。
「う、分かってるよ。」
角ネズミ肉の燻製を受け取ったロッドが、俺に習ってそれを火で炙りだす。炙り終わるとおそるおそるそれを口に含む。はじめはゆっくり咀嚼していたが、途中からそのペースを上げる。
「・・・・・」
「んめぇ、んめぇえええええ・・・・・・・、何じゃこらぁぁ・・・・、うめぇええええ」
ロッドが耳元でうるさく叫ぶ。ヤギかな。
「大げさだろう。」
「いやいやいや、まじうめぇぞこれ。まじこれ。びっくりした。」
そういいながら、残りの肉も平らげた。
「まぁ、うまいのなら良かったよ。」
「いやいや、今まで食べて中で一番うまかった。お世辞抜きで」
「そうか」
作った本人としては、喜んでもらえたのは素直にうれしい。ロッドは名残惜しいのか、食べ終わった後の串を見ていた。
「・・・・・」
「なぁ、この肉って後、何枚ぐらいあるんだ?」
少しの沈黙の後、ロッドが質問してきた。まさか、もう一枚欲しいとか言うんじゃないだろうな。
「三枚だ」
「頼む、残りの三枚も俺に譲ってくれないか?」
ロッドが『パン』と手の平を合わせながら拝むようなポーズをしてくる。うん、予想通りの展開だな。それにしても一枚じゃなくて、三枚?
「いや、さすがにそれは・・・」
けちっているわけではない。予備の食糧なのだから、全部よこせと言われて上げるわけにもいかない。
「金は出す。一枚、200、いや、300出そう、今俺が食べたのを含めてもいい。」
「四枚も食えないだろう。」
一枚の量は少なくても、四枚となると相当の量だ。配給もあったのだから、いくら若いとは言えそんなに腹に入るとは思えない。
「いや、俺じゃなくてパーティの連中にも食わせてぇと思って。」
ああ、そういえばロッドはパーティで来ているんだったな。自分だけ抜け駆けして、うまいものを食ったのが悪いと思っているんだろう。
「もってけ、50セルスでいいぞ。」
俺は残りの3枚をロッドに渡す。美味い物、珍しい物をメンバーで共有する。冒険者らしくて悪くない。俺じゃないのが残念だが、気持ちはわかる。
「50セルス?いいのか、そんだけで?」
「元は角ネズミの肉だからな。塩代だけは貰う。」
「まじかよ、リグノ様、神様、恩に着る。」
ロッドが鞄から50セルス出し。俺に渡す。
「ずいぶん安い神だな。」
軽口を叩き、俺が笑う。
「ちげぇねぇ。」
ロッドも同調し笑う。
そういや、首になってから笑うのは初めてだな。意外にロッドは気を使ってくれたのかもしれない。いや、そんな奴でもないかな?
後日、角ネズミの肉はロッドのパーティの間で大好評だったらしく。俺に"角ネズミの人"とか言う、微妙なニックネームがつけられたとか。




