マリアーナさん
「あら、おかえりなさい。」
「ただいま。」
冒険者向けに用意された安宿の入り口をくぐる。
「相変わらず、辛気くさい顔してるわねぇ。」
開口一番に失礼なことを言ってくるこの人は、マリアーナ。計算が得意という理由で、この冒険者向け宿屋の店主兼、道具屋を任されている。
ちなみに計算を教えたのは俺で、そのことを恩義に感じているのか、何かと便宜を図ってくれる。俺にとっても、気の置けない数少ない知り合いの一人だ。糸目で、胸がデカい。
「生まれつきこの顔だよ。マリアーナさん」
「お姉ちゃんでしょ。お姉ちゃん。」
「はぁ、マリ姉」
それと、なぜか、お姉ちゃんと呼ばせたがる。抵抗しても無駄なので、素直に従う。まぁ、一晩経ったら元に戻るけど。
「困ったパパでちゅね~~」
胸元に抱いた1歳ぐらいの赤ん坊に声を掛ける。マリ姉の子供だ、父親が誰かは知らない。
「パパじゃない。」
本当に誤解したらどうするんだ。リナが”だあっ"と叫びながら俺の方に手を伸ばしてきた。
「パーティをクビになってガックリ来てるのは分かるけど、そんな感じじゃ、女の子が寄ってこないわよ。」
なんか、説教っぽい事をぶつぶつ言っている。伸ばしてきたリナの手をにぎにぎすると”キャッキャッ”と喜んだ。癒し力が高すぎる。
「いっそ、冒険者辞めたら、一応、あてはあるのでしょう?」
「用事がないなら、もう部屋に行きたいんだけど・・・」
マリ姉の質問には答えず、退散しようとする。リナは可愛いけど。とっとと部屋に戻ろう。この人の話は長いのだ。
「あっ、そうそう用事で思い出したわ。」
ポンと手を叩く。
逃げようとしたら、マリ姉に引き留められた。
「用事?」
面倒ごとではないだろうな?少し警戒する。
「依頼があるのだけど、受けてみないかしら。」
「依頼、マリ姉が?」
予想外の言葉が出てくる。
「いや、私じゃないわよ、きちんと冒険者ギルドを通した依頼だから安心していいわよ。」
冒険者ギルドに所属している人間は、私的に依頼を受けることを禁じられている。いわゆる“闇営業”ってやつだ。もっとも、今回のは正式な依頼っぽいが。
「・・・」
「護衛の依頼なんだけど」
俺が黙っていると興味があると取ったのか、マリ姉が依頼の内容について話し出す。まだ受けると決めたわけじゃないぞ、この人は意外に油断できないところもある。
まあ、聞くだけなら只だ。という事で黙って話に耳を傾ける。
「・・・という感じの依頼なのだけど。」
うん、相変わらず話は長かった。端折ってくれればいいのに、まあ、それがマリ姉らしいともいえる。
とはいえ、依頼は“おいしい”部類であることは分かった。要約すると、こうだ。
この街の領主の長男が、30kmほど離れた隣領地を訪問するらしい。その護衛として、冒険者を何人か雇いたいという。
日程は七日。給金は一日一万セルス。
構成は、領主長男の直属の部下が二百人。
冒険者が二十人。
それに農村から八十人。
合計三百人の隊になるらしい。
「受ける。」
俺は即答した。
これは多分、お飾り護衛の類系の依頼だな。直属の部下だけで護衛は十分だし、依頼分の人数なんて単なる数合わせに近い。
楽に稼げる依頼を冒険者や農民に回して、間接的に懐柔する。あるいは報酬という形で社会に還元する、更に跡取り息子が、冒険者、農民にも支持されているという権威付けもできる。そんなところだろう。
受ける側としては、素直に乗っかっておけばいい。隣の領まで往復するだけで七万セルスが転がり込んでくる。しかも護衛中の食事は領主側持ち。いわゆる“二重で美味しい”依頼だ。
「そう。じゃあ私から冒険者ギルドの方に連絡しておくわね。」
マリ姉は、俺の反応を見てニコニコしながら、両手をぽん、と合わせた。
それにしても、まだ貼り出されてもいない依頼を、冒険者より先に知っているなんて、相も変わらず謎の多い人だ。
だが、そのおかげで“おいしい依頼”にありつけるのも事実。
ここは素直に感謝しておこう。




