宣告
目が覚めると、いつもの安宿のベッドに寝かされていた。
洞窟狼に襲われ、自力で脱出ポータルまで逃げ帰ったところまでは覚えている。
右腕と左脚の痛みは消えていた。洞窟の守衛が傷だらけの俺を見て「ヒール」をかけてくれたのだろう。ただではない。後できっちり回復料金は請求されるはずだ。それでもありがたいことに代わりは無い。
起き上がろうとした瞬間、腹のあたりが重い。
『あれ?』
首だけ動かして確認すると、人が寄りかかっていた。ヴィアだ。頭部が青いまりもみたいだな。
俺の動きを感じたのか、ヴィアは目を覚まし、視線が合うとそのまま立ち上がって部屋を出ていった。
『なんだったんだ・・・』
不思議に思っていると、ヴィアが戻ってきた。後ろにはマリ姉がいる。いつもの糸目で、表情が読めない。怒られるのだろうか。怒られるのはまだいい。泣かれるのはきつい。
「リグノ・・・」
マリ姉が静かに名前を呼ぶ。
「飲みなさい」
木のコップを渡される。中身はただの水だろう。よく喉が渇いていると分かったなと思いながら、素直に飲む。
「ありがとう、お姉ちゃん」
とびっきりの笑顔で返す。これで誤魔化されないかな、という淡い期待を込めて。
「リグノ・・・」
再び名前を呼ばれる。真顔のままだ。やっぱり通じないか。
怪我はもう大丈夫?」
「うん」
頷きながら右腕を上げる。
「そう。まったく無茶をして」
マリ姉が俺の頬を両手でつかみ、ムニムニする。
「いひゃい」
抗議しても止めてくれない。
「お姉ちゃんと約束したわよね。無茶しないって」
「約束した」
「でもリグノは無茶をした。私との約束なんてどうでもいいと思ったの?」
「そ・・・」
そんなことはないと言おうとして、口をつぐむ。代わりに出たのは別の言葉だった。
「ごめんなさい」
「うん、分かってるならいいわ」
やっと頬が解放された、と思ったら、急に抱きつかれた。
「よかった・・・無事で・・・」
泣かれた。心がズキリとする。
マリ姉が落ち着くまで十分近くかかった。ここまで心配してくれる人がいることを喜ぶべきなのだろう。実際、死んでいてもおかしくなかった。むしろ生き残れた方が運が良かった。
「あ、そうだ」
洞窟外に脱出する前、ポータルを塞いでいた邪魔なスライムを薙ぎ払ったらレベルアップした。余裕がなくてステータスを確認できていなかった。
冒険者カードを取り出す。MPが7まで増えていればヴィアの妹を助けられる。
まずレベルを見る。"11"の表示。問題なく上がっている。問題はMPだ。
意を決して表示を確認する。
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アルト(16) 男
レベル:11
魔力:3/3
ちから:26
かしこさ:9999+
きようさ:34
― 魔法 214 ―
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魔力(MP)は”3”のまま。
『ダメだったか』
ちからときようさが少し上がっただけ。
いや、元々期待値は低かった。1レベルで最大MPが"4"も上がるなんて、才能のある冒険者でも滅多にない。
呆然とする俺を見て、マリ姉が慰めてくれる。でも、いっそ罵られた方が気が楽だ。
無能のリグノは、結局どこまでいっても無能なのだ。
「これも無駄になったわね。でも、その方が良かったのかしら」
マリ姉が二冊の本を取り出す。
「カース」と「アンチカース」を習得するための魔法書だ。たぶん教会から強引に借りたのだろう。入手には苦労したはずだ。申し訳ない気分になる。
全てがうまくいかない。全てが空回りする。木のコップをギュッと握りしめる。前世で読んだ小説の主人公のような転生者なら、こんな問題あっという間に解決できたのだろう。だが、俺にはその力はない。
「・・・」
「ヴィアちゃんにも謝らないと」
「作戦の事言ったの?」
「言ったわ」
無駄に期待させて傷つけるだけだろう。
「なんで・・・」
糾弾しそうになったが思い留まる。マリ姉は意味もなく人を傷つけるようなことはしない。
「リグノが洞窟に行ってから三日くらいかしら。ヴィアちゃんの生活が荒れだしたの」
「荒れだした?」
「暴れるとかじゃないのだけど、食事や水をあまり取ってなさそうで。呪いのことを聞いた途端、リグノがいなくなったでしょう?裏切られたと思ったんじゃないかしら。」
ああ、ヴィアの視点からはそう見えたのか。
「マリ姉の勘違いじゃないの?」
妹の状態を考えれば、情緒が不安定になっても仕方ない。ヴィアがそこまで俺を意識していたとは思えない。
「ううん。なんとなくだけどね、分かるの。妹が呪われてからずっと一人で耐えてきたのでしょう。表には出さないけど、誰かを頼りたいって思っていても不思議じゃないわ。」
「それで、言ったのか」
マリ姉なりに考えた末の結論なのだろう。なら俺に文句を言う資格はない。心配をかけたのは俺も同じだ。この人が一番苦しいのかもしれない。
「それに、ヴィアちゃんがね、洞窟の入り口で倒れていたリグノを運んでくれたのよ」
「ヴィアが?」
「話を聞いたあとね。妹の面倒を見ているとき以外は、ずっと洞窟の入り口に張り付いていたみたい。肩と脚の傷もヴィアちゃんが治療したのよ。随分心配してたみたい。」
あまり想像できない。それにしてもヴィアは回復魔法も使えるのか。若いしステータスの伸びも良い。将来は名のある冒険者になるのだろう。
「ヴィアちゃん、多分ね、感情の発散がすごく下手なの。言葉で自分の気持ちを伝えるのも。だから極端な方向に行ってしまう」
マリ姉の言いたいことは分かる。本当に苦しい時、泣いたり笑ったり怒ったりしない。無表情、無気力になる。そういうタイプなのかもしれない。
「ヴィアの妹の様子は?」
マリ姉は首をふるふると振った。
「終呪紋が現れたわ。もって後、五日。」
それは、死刑宣告に近いだろう。




